に出逢つた、彼も宿がなくて困つてゐるといふ、よく見ると、伊豆で同宿したことのある顔だ、それではいつしよに泊らうといふので、峠の中腹で百姓家――そこには三軒しかない家の一軒――に無理矢理に頼んで泊めて貰つた。
二人の有金持物を合して米一升金五十銭、それだけ全部をあげる。
旅烏はのんきであるがみじめでもある。
そしてこの家の乱雑はどうだ、きたない子供、無智なおかみさん、みじめな食物、自分の生活がもつたいない、恥づかしいとつく/″\思つたことである。
夜ふけて雨、どうやら雪もまじつてゐるらしい、何しろ八ヶ岳の麓だから。
いつまでも睡れなかつた。
五月九日 日本晴。
明けきらないうちに起きた、朝日が寒さうな光を投げてゐる、霜柱がかたい。
見よ、雪をいたゞいた山なみのうつくしさ。
早々出立、話しながらゆつくり歩く。
落葉松、筒鳥、清流、あゝその水のうまさ。
石ころ道をだいぶ歩いて清里駅、こゝらの駅は日本で最高地に在る停車場、熊が汽車見物に出て来たといふ話。
やがて信濃路に入る、野辺山風景は気に入つた、第二の軽井沢になるといはれている、いちめんの落葉松林だ。
妙な因縁で、帰りタクシーに乗せて貰ふ、有難かつた、ルンペン君は驚いてゐる。
海ノ口からまた歩いて海尻、そしてやうやく小海駅、こゝでルンペン君に別れる、汽車は千曲川に沿うて下りやがて岩村田町、江畔老の無相庵に客となる、家内中で待つてゐて下さつた、涙ぐましくもうれしかつた。
おゝ浅間! 初めて観るが懐かしい姿。
江畔老の家庭はまた何といふなごやかさであらう、父草君が是非々々といつて按摩して下さる、恐れ入りました。
五月十日[#「五月十日」に二重傍線]
夜来の雨は霽れて、空の色が身にしみる、雪の浅間の噴烟ものどかだ。
炎の会句会、粋花、如風、等々の同人に紹介される。
山国の春は何もかもいつしよにやつて来て、とても忙しい、人も自然も。
手打蕎麦――いはゆる信州蕎麦の浅間蕎麦――その味は何ともいへない、一茶がおらがそば[#「おらがそば」に傍点]と自慢したゞけはある。
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逢つて何よりお蕎麦のうまさは
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鼻頭稲荷の境内で記念撮影。
江畔老から牧水の事をいろ/\聞く。
うれしくあたゝかくやすらけく寝たり起きたり、我がまゝをさせていたゞく。
五月十一日[#「五月十一日」に二重傍線
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