、私と専子君とはまた入浴して、そして来訪のSさんと飲みだした。
今夜も酔ふて、しやべつて、書きなぐつた、湯と酒とが無何有郷に連れていつてくれた、ぐつすりねむれた。……
ノンキだね、ゼイタクだね、ホガらかだね、モツタイないね!
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・波音強くして葱坊主
・道は若葉の中を鉱山へ
・けふのみちはすみれたんぽゝさきつゞいて
・すみれたんぽゝこどもらとたはむれる
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△黒船襲来、異人上陸で、里人は牛を連れて山へ逃げたさうな。
△黒船祭の前日。
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 四月二十四日[#「四月二十四日」に二重傍線] 晴、后曇。

早朝、川ぶちの共同湯にはいる、底から湧きあがつてくる湯のうれしさ。
湯けむりが白く雑木若葉へひろがつてゆく、まことに平和な風景。
七時のバスで出発、松崎へ急ぐ。
峠のながめはよかつた、山また山、木といふ木が芽ぶいて若葉してかゞやく。
バスガールと運ちやんとの会話、お客は私一人。
九時松崎着、海岸づたいに歩く。
昨夜、飲みすぎたので、さすがの私も弱つてゐる、すべつてころんで向脛をすりむいだ[#「だ」に「マヽ」の注記]。
遠足の小学生がうれしさうにおべんたうを持つてゆく、私の頭陀袋にも一郎君から貰つた般若湯が一壜ある。
田子からすみれ丸に乗つて沼津へ。
今夜は土肥温泉に泊る筈だつたがその予定を変更したのである、だいたい私の旅に予定なんかあるべきでない、ゆきあたりばつたり、行きたいだけ行き、留まりたいところに留まればよいのである、山頭火でたらめ道中[#「山頭火でたらめ道中」に傍点]がよろしいのである、ふさはしいのである。
凪で気楽で嬉しい海上の三時間だつた。
沼津に着いたのは五時、やうやく梅軒を探しあてゝ客となる。
夜は句会、桃の会の方々が集まつて楽しく談笑句作した。
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・明けてくる若葉から炭焼くけむり
・山のみどりを分けのぼるバスのうなりつゝ
・鴉さわぐそこは墓地
・水平線がうつくしい腰掛がある
・山の青さ海の青さみんな甲板に
   (田子浦)
・そこらに島をばらまいて春の波
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△さよなら伊豆よ
 やつて来ましたぞ駿河
△伊豆めぐりで
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東海岸は陸から海を
西海岸は海から陸を観賞した
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 四月二十五日[#「四月二十五日」に
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