で食べる、おけさ飯とアブサン。
東京は広い、時代錯誤場所錯誤。

 四月十六日 曇つたり晴れたり。

東京では遊びすぎた、やうやく東京を離れる、磊々子夫妻の温情は身にしみて有難かつた。
琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]洞訪問、あやにく不在、その代りに多摩川観賞、二子橋畔春風習[#「習」に「マヽ」の注記]々春光熈々。
雷にどなられ霙にたゝかれた。
風がふいて蛙がないてゐる。
戸塚の松並木は美しかつた。
やつと藤沢で寝床を見つけた。
自分らしく、旅人らしく。

 四月十七日 伊東温泉伊東屋。

晴、うらゝかだつた。
茅ヶ崎まで歩く、汽車で熱海まで、そこからまた歩く、行程七里、労れた。
富士はほんたうに尊い、私も富士見西行[#「富士見西行」に傍点]の姿になつた。
熱海はさすがに温泉郷らしい賑やかさだつた、伊東も観光祭。
今日の道は山も海も美しかつたけれど自働車がうるさかつた。
山の水をぞんぶんに飲んだ、をり/\すべつたりころんだりした。
旅のおもしろさ、旅のさびしさ。
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・松並木がなくなると富士をまともに
・とほく富士をおいて桜まんかい
[#ここで字下げ終わり]

 四月十八日 滞在、休養、整理。

伊豆はさすがに南国情調だ、麦が穂に出て燕が飛びかうてゐる。
○伊豆は生きるにも死ぬるにもよいところである。
○伊豆は至るところ花が咲いて湯が湧く、どこかに私にふさはしい寝床はないかな!
大地から湧きあがる湯は有難い。
同宿同行の話がなか/\興味深い、トギヤ老人、アメヤクヅレ、ルンペン、ヘンロ、ツジウラウリ。……
焼酎をひつかけてぐつすり眠つた。
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・なみおとのさくらほろほろ
・春の夜の近眼と老眼とこんがらがつて
・伊豆はあたゝかく死ぬるによろしい波音
・湯の町通りぬける春風
[#ここで字下げ終わり]

 四月十九日 雨、予想した通り。

みんな籠城して四方山話、誰も一城のいや一畳の主だ、私も一隅に陣取つて読んだり書いたりする。
午后は晴れた、私は行乞をやめてそこらを見物して歩く、浄の池[#「浄の池」に傍点]で悠々泳いでゐる毒魚。
伊東はいはゆる湯町情調が濃厚で、私のやうなものには向かない。
波音、夕焼、旅情切ないものがあつた。
一杯ひつかける余裕はない、寝苦しい一夜だつた。
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   (伊東町)
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