物を大切にする心
種田山頭火

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)偕《とも》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)いのち[#「いのち」に傍点]
−−

 物を大切にする心はいのち[#「いのち」に傍点]をはぐくみそだてる温床である。それはおのずから、神と偕《とも》にある世界、仏に融け入る境地へみちびく。
 先年、四国霊場を行乞巡拝したとき、私はゆくりなくHという老遍路さんと道づれになった。彼はいわゆる苦労人で、職業遍路[#「職業遍路」に傍点](信心遍路に対して斯く呼ばれる)としては身心共に卑しくなかった。いかなる動機でそういう境涯に落ちたかは彼自身も語らなかったし私からも訊ねなかった。彼は数回目の巡拝で、四国の地理にも事情にも詳しかった。もらい[#「もらい」に傍点]の多少、行程の緩急、宿の善悪、いろいろの点で私は教えられた。二人は毎日あとになりさきになって歩いた。毎夜おなじ宿に泊って膳を共にし床を並べて親しんだ。阿波――土佐――伊予路を辿りつつあった或る日、私たちは路傍の石に腰かけて休んだ。彼も私も煙草入を取り出して世間話に連日の疲労も忘れていたが、ふと気づくと、彼はやたら[#「やたら」に傍点]にマッチを摺っている。一服一本二本或は五本六本である!
 ――ずいぶんマッチを使いますね。
 ――ええ、マッチばかり貰って、たまってしようがない。売ったっていくらにもならないし、こうして減らすんです。
 彼の返事を聞いて私は嫌な気がした。彼の信心がほんもの[#「ほんもの」に傍点]でないことを知り、同行に値いしないことが解り、彼に対して厭悪と憤懣との感情が湧き立ったけれど、私はそれをぐっ[#「ぐっ」に傍点]と抑えつけて黙っていた。詰《なじ》ったとて聞き入れるような彼ではなかったし、私としても説法するほどの自信を持っていなかった。それから数日間、気まずい思いを抱きながら連れ立っていたが、どうにもこうにも堪えきれなくなり、それとなく離ればなれになってしまったのである。その後、彼はどうなったであろうか、まだ生きているだろうか、それとも死んでしまったろうか、私は何かにつけて彼を想い出し彼の幸福を祈っているが、彼が悔い改めないかぎり、彼の末路の不幸は疑えないのである。
 マッチ一本を大切にする心は太陽の恩恵を味解する。日光のありがたさ
次へ
全2ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング