丘老来訪、三人でのんきぶりを発揮する。
寝苦しかつたが、よい月夜であつた。
[#ここから2字下げ]
  中津
・街は花見の売出しも近いペンキぬりたて
  宇平居
・石に水を、春の夜にする
・あなたを待つとてまんまるい月の
[#ここで字下げ終わり]

 三月十六日 好晴、中津。

早起、塩風呂にはいる、朝酒、味噌汁がおいしかつた。
宇平居でよいものは門と石仏。
昧々居徃訪、昧々君はさびしい人だがおとなしすぎる。
福沢先生の旧邸宅を観る、昔ながらの土蔵は忘れ難い。
柳が芽ぶいてゐる、もう筍が店頭に飾られてゐる、草餅を食べる、双葉山という酒を飲む(双葉山は近在の出生である)。
中津は鰒の本場だ、魚屋といふ魚屋には見事な鰒が並べられてある、それを眺めてゐたら、店番のおばさんから、だしぬけに、「おとうさん、鰒一本洗はうか!」と声をかけられた。
引札(俳諧乞食用としての)出来。
夜は句会、二丘、昧々、耕平、そして主人と私、あまりしやべつたので、さびしくなつた、かなしくさへなつた。

[#ここから2字下げ]
・のぞいて芽柳のなつかしくも
  妙蓮寺
 お寺の大柳芽吹いてゆれて
 春寒の鰒を並べて売りたがつてゐる
 塩湯はよろしく春もしだいにととなふ景色
  福沢先生旧邸
 その土蔵はそのまゝに青木の実
[#ここで字下げ終わり]

 三月十七日 日本晴、宇佐。

一片の雲影もない快さ、朝湯朝酒のうれしさ、いよ/\出発、宇平さん、二丘さん、昧々さん、ありがたう、ありがたう、ありがたう。
俳諧乞食業[#「俳諧乞食業」に傍点]は最初から失敗した!
途中、二三杯ひつかける、歩けなくなつて、宇佐までバス、M屋といふ安宿に泊る、よい宿であつた、深切なのが何よりもうれしい、神宮に参拝して祈願した、神宮は修理中。
宇佐風景、丘、白壁、そして宇佐飴を売る店。
ふんどし異変[#「ふんどし異変」に傍点]、山頭火ナンセンスの一つ、私としては飲み過ぎた祟りであり、田舎の巡査としては威張りたがる癖とでもいはう、とにかく、うるさい世の中だ、笑ひたくて笑へない出来事であつた。
[#ここから2字下げ]
  自嘲
・旅も春めくもぞもぞ虱がゐるやうな
・春のほこりが、こんなに子供を生んでゐる
・街をぬけると月がある長い橋がある
  宇佐神宮
・松から朝日が赤い大鳥居
・春霜にあとつけて詣でる

 水をへだててをとことを
前へ 次へ
全17ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング