・戦ひはこれからの大地芽吹きだした
・野中の一本いちはやく芽吹いてゐる
 梅はさかりの、軍需工業[#「業」に「マヽ」の注記]のけむり
・たちまち曇り、すぐ晴れて海峡の鴎
  門司駅待合室所見
・仲よく読んでゐるよこからいやな顔がのぞいて
[#ここで字下げ終わり]
――綿織物よりも絹織物を! これも非常時の国産奨励。
[#ここから2字下げ]
  改作追加一句、峠にて或る日のルンペンと共に
・草の上におべんたう分けて食べて右左
[#ここで字下げ終わり]

 三月十三日 曇、時雨、若松。

朝早く起きてはならないので困つた(夜ふかしの朝寝があたりまへの社会だから)、こつそり抜けだして散歩、時局柄で朝湯もないので、コツプ酒でも呷る外ない、……不用人間の不用時間を持て余した。……
身辺整理、アメリカ行の小包をこしらへ手紙を書く。
八幡の印象、――中心は何といつても製鉄所の煙突、そして飲食店、職工、何もかもごた/\してゐる。
新聞記事で動かされたもの二つ、――モルガンお雪の帰国と岡田博の母を嘆く言葉。
午後、鏡子君に連れられて、徳[#「徳」に白丸傍点]訪問、よい湯を頂戴した、そして酒と金との功徳も頂戴した。
四時頃出立(鏡子君の温情に改めて感謝する)、警察署に星城子君を訪ねたが不在、雲平居は帰途立寄ることにして、電車で戸畑へ。
多々桜居で、奥さんのなげきを聴く(多々桜君の病状について)、同情に堪へない、すぐ若松病院へ行く。
四階の狭い病室、寝台に横はつたまゝで、附添婆さんから夕飯を食べさせてもらつてゐる多々桜君に逢ふ、顔色は予期したほど悪くないので安心した、二時間あまり話す、私一人がおしやべりしたことである。
暮れたけれど月があるので、バスで蘇葉居へいそぐ、折よく在宅、しばらく話したが、何となく身心が落ちつかないので、バスでまた駅まで引返し安宿に泊つた、歩いて飲んで寝た、夜中に臨検があつた。
今日は気持のよい娘を三人見た、バスガール、バアガール、そして電車の乗客。
誰もが戦闘帽[#「戦闘帽」に傍点]をかぶつてゐる、それも非常気[#「常気」に「マヽ」の注記]分を反映してゐてわるくはないけれど、おなじ色に塗りつぶされたゞけの世間のすがたはあまりよくはなからう。
――あれは何でせう?(一杯機嫌の私)
――お月さんですよ[#「お月さんですよ」に傍点]!(街の若い人)
これは若松に於け
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