「高くこゝろをさとりて俗に帰るべし」に傍点]”
芭蕉の言葉(土芳―赤冊子)
“鬼が笑ふ”
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五月廿五日[#「五月廿五日」に二重傍線] 晴。
落ちついて読書。
鮮人の女屑屋がやつて来て、お一人で寂しいでせう、といふ、その寂しさをまぎらすべく、鍬を持つて畑に出たが、身のおとろへを痛感するばかりだつた。
蕗の皮を剥ぎつゝ物を思ふ、よう剥げることも追憶の種だ、生々死々去々来々のことはりはよく解つてゐるけれど寂しいことにかはりはない。
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今日の買物――
四十四銭 酒四合
五銭 豆腐二丁
四銭 酢一合
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五月廿六日[#「五月廿六日」に二重傍線] 晴。
ぢつとしてはゐられないから、いよ/\旅へ出かけることにする、せめて広島までゞも歩きたい、そして久しぶりに友達のたれかれに逢ひたい、……沈欝のやりどころがないのである、で、身のまはりをかたづける。……
畑仕事、苗床をこしらへる、唐辛を播いておく。
朝晩は肌寒いほどであるが、日中はだいぶ暑くなつた、それもその筈だ、私はまだ綿入を着てゐる!
寝苦しかつた、初めて蚊帳を吊つた。
五月廿七日[#「五月廿七日」に二重傍線] 晴――曇。
明けるより起きた。
煙火は海軍記念日だから。
すこしいら/\する、暮羊居から新聞を借りて来て読む、内閣改造問題で賑やかだ。
今日から単衣にする、わざと定型一句――
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さすらひの果はいづくぞ衣がへ
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ポストまで出かける、米は買へないからうどん玉を買うてすます、あはれ/\。
父子草、母子草、あゝこれもやりきれない。
胡瓜苗を植ゑる(下のY老人のところには茄子苗はなかつた)、此五本が私の食膳をどんなにゆたかにすることか。
旅の用意はとゝなうたが、さて、かんじんかなめのものが出来ない、ぢつとしてゐる、つらいね。
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人にはそれ/″\天分がある、私には私としての持前がある。
天分に随うて天分を活かし天分を楽しむ[#「天分に随うて天分を活かし天分を楽しむ」に傍点]、それが人生だ。
私は安んじて句を作らう、よねんなく私の句[#「私の句」に傍点]を作らう、よい句[#「よい句」に傍点]が出来たら、――きつと出来る。
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五月廿八
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