バツト一
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物価騰貴、殊に生活必需品の騰貴は私を脅威する。
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 五月廿三日[#「五月廿三日」に二重傍線] 雨――晴。

身心沈静、だが、まだ/\本物ではない、おちつけおちつけ、おちつかなければ、ほんたうの句は出て来ない。
久しぶりに味噌汁をこしらへて味ふ。
……不死身の捨身[#「不死身の捨身」に傍点]、押の一手でひた押しに押してゆく外ありません。……(或る友に)
ポストまで出かける、ついでに買物、酒、豆腐、酢。
やつこ豆腐はうまい、ちしや膾[#「ちしや膾」に傍点]もうまいな。
なやましくもなつかしい密[#「密」に「マヽ」の注記]柑の花の匂ひ、五月の匂ひ。
また街に出かけて飲む、W店、学校、そしてまたW店、たうとうそこで倒れた、まことに久しぶりのよい泥酔[#「よい泥酔」に傍点]であつたよ、しかし、ほんにしかし、酒は飲むべし、飲まれてはならない!
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△蛙の話
△羊の話
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アンゴラ兎の話
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人間は追剥。
羊が毛を刈り取られて風邪をひいた。
搾取に甘んじてゐる境地。
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 五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線] 曇。

朝酒、御飯までよばれてから帰庵。
身辺整理、整理せよ、整理せよ、心のすみ/″\まで。
Nさん来庵、本をいろ/\持つて来て貸して下さつた、そして焼酎を御馳走して下さつた、感謝々々。
二人うち連れて近郊散策、新緑がうつくしい、水音がうれしい、木苺がうまかつた。
Wさん来庵、ふとん綿ちしや葉をあげる、これだけが私の精いつぱいの謝意のあらはれだ。
焼酎をあほつたからだらう、胃が痛みだして弱つた、死! ぞつとした、いつものやうでもなく、死にたくないやうな気がした、これからは焼酎は飲むまい、飲んではならない(西洋の火酒には縁が遠い)、これだけは必らず実行すべし、生命が惜しいよりも胃痛が堪へられない、そしてまた、酒はうまいけれど焼酎はうまいと思はない。
蚊帳を吊らなければならなくた[#「くた」に「マヽ」の注記]ので、机を南から北の窓へうつす、こんなこともちよつと気分をかへる、だいたい、書斎は北向の窓がよい、落ちついて読み書きが出来る。
夜は今日借りた本を読みつゞけた。
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“高くこゝろをさとりて俗に帰るべし[#
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