、境地の詩[#「境地の詩」に傍点]であると思ふ、事象乃至景象が境地化[#「境地化」に傍点]せられなければ内容として生きないと思ふ。
戦争の現象[#「戦争の現象」に傍点]だけでは、現象そのものは俳句の対象としてほんたうでない、浅薄である。
感動が内に籠つて感激となつて表現せられるところに俳句の本質[#「俳句の本質」に傍点]がある。
事実の底の真実[#「事実の底の真実」に傍点]。――
現象の象徴的表現[#「現象の象徴的表現」に傍点]、――心象[#「心象」に傍点]。
凝つて溢れるもの[#「凝つて溢れるもの」に傍点]。――
[#ここで字下げ終わり]
一月十四日[#「一月十四日」に二重傍線] 晴。
(木炭がないので)焚火しながら、そこはかとなく、とりとめもないことを思ひつゞける、焚火といふものはうれしい。
午後、Nさん久しぶりに来庵、明けてからの第二の来庵者である(第一の訪問者は九日の暮羊君であつた)、焚火をかこんで閑談しばらく、それから連れ立つて近郊を散歩、おとなしく別れた(昨年の新春会合はよくなかつたが)。
夕、S君来訪、樹明君の意を酌んで、――あゝすまない、すまない、義理のつらさには堪へきれない。
夜はねむれないので、おそくまで読書。
今日は愉快な出来事が二つあつた。――
一つは、うたゝ寝の夢に梅花を見たことである、早く梅が咲けばよいと念じてゐたせいでもあらう、夢裏梅花開[#「夢裏梅花開」に傍点]。
もう一つは、ゆくりなく蕗の薹を見つけたことである(秋田蕗)、日だまりにむくむくとあたまをもたげた蕗の薹のたくましさ、うれしかつた(醤油が買へたら、さつそく佃煮にしよう、そして樹明君を招いて一杯やらう!)。
ふきのとう数句が、ふきのとうそのものゝやうにおのづから作れた。
一月十五日[#「一月十五日」に二重傍線] 晴、曇、そして小雨。
めづらしく快晴だつたが、やがてまた曇つた。
――待望の郵便が来ない、私が苦しむのは自業自得だが、樹明君に合せる顔がない、それが切ない。
麦飯のほけり[#「ほけり」に傍点](よい言葉だ)、自分でも呆れるほどの食慾、私の肉体は摩訶不可思議である!
――なんとつゝましく、あまりにつゝましい毎日である!
午後、ぢつとしてはゐられないので歩く、あてもなく歩くのである、さびしいといふよりもかなしい散歩だ(――いかにさびしきものとかは知る、――)、雨が落ちだしたので、濡れて戻る、いよ/\さびしく、さらにかなしく。
出かけたついでに石油を買ふ(ハガキや豆腐や醤油は買へなかつた)、そして十三日ぶりに入浴して不精髯を剃る、湯のあたゝかさで少しは憂欝のかたまりがやはらいだやうである。
もう猫柳が光つてゐる、春の先駆者らしい。
――身を以て俳句する[#「身を以て俳句する」に傍点]、それはよいとかわるいとかの問題ではない、幸不幸の問題ではない、業だ[#「業だ」に傍点]! カルマだ! どうにもならないものだ! そしてそれが私の宿命だ[#「私の宿命だ」に傍点]!
小雨があがつて、良い月夜になつた、私は今夜も睡れない。
――私はしだいに行乞流転時代のおちつきとまじめ[#「行乞流転時代のおちつきとまじめ」に傍点]とをとりかへしつゝある、たとへ後退であつても祝福すべき回復である。
此頃は真宗の報恩講、御灯ふかく鐘の声がこもつて、そこには老弱[#「弱」に「マヽ」の注記]の善男善女が額づいてゐた。
吉田絃二郎さんの身辺秋風[#「身辺秋風」に傍点]を読んで、その至情にうたれた、よいかな純化されたるセンチ[#「純化されたるセンチ」に傍点]!
純なるものは何でもいつでもうつくしい[#「純なるものは何でもいつでもうつくしい」に傍点]!
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第六句集(幸にして刊行がめぐまれるならば)
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孤寒抄[#「孤寒抄」に傍点]の広告文案
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┌業やれ/\
└業だな/\
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一月十六日[#「一月十六日」に二重傍線] 晴――曇。
霜晴れの青空がすぐまた雲で蔽はれてしまつた、冬曇りといへばそれまでだけれど、日和癖でもあらう。
来ない、来ない、来ない、待つてゐるのに、待ちあぐんでゐるのに、待ちきれなくなつてゐるのに、――それは何か!
ぼろぼろの褞袍を着て、焚火してゐると、我ながら佗住居らしく感じるが、他から観たら、山賊執[#「執」に「マヽ」の注記]居のていたらくだらう!
午後、樹明君が訪ねてくれた、つゞいてS君もやつて来た、二十日ぶりに快飲歓談した、折から庵中嚢中無一物なので、むろん、酒も魚も野菜も、炭も醤油までもが何もかもお客さんの負担である、うまかつた、うれしかつた、夕方めでたく解散、さよなら、ありがたう。
私はすぐ寝た、今夜は炬燵があるのでぬく/\と寝た、真夜中に眼が
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