一月九日[#「一月九日」に二重傍線] 曇。
粉雪ちら/\、寒い/\、缺乏/\。
午後、ちよつと街へ、六日ぶりに一杯ひつかけたが、酒屋の前を通り過ぎたやうな気分で、はかない/\。
米があるならば、炭があるならば、そして石油があるならば、そして、そして、そしてまた、煙草があるならば、酒があるならば、あゝ充分だ、充分すぎる充分だ!(わざと、充の字[#「充の字」に傍点]を用ひる)
夕方、久しぶりに暮羊君来庵。
身心不調、臥床、生きてゐることの幸不幸[#「生きてゐることの幸不幸」に傍点]。
さびしいけれども[#「さびしいけれども」に傍点]、――まづしけれども[#「まづしけれども」に傍点]、――おちついてつゝましく[#「おちついてつゝましく」に傍点]。――
けち/\するな[#「けち/\するな」に傍点]、――くよ/\するな[#「くよ/\するな」に傍点]、――いうぜんとしてつゝましく[#「いうぜんとしてつゝましく」に傍点]。――
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私が若し昨日今日のうちに自殺するとしたならば、そして遺書を書き残すとしたならば、こんな文句があるだらう。――
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枯木も山のにぎはひといふ、私は見すぼらしい枯木に過ぎないけれど、山をにぎはさないでもあるまいと考へて、のんべんだら/\生き存らへてゐたが、もう生きてゐることが嫌になつた、生きてゆくことが苦しくなつた、私は生きて用のない人間だ、いや邪魔になる人間だ、私が死んでしまへばそれだけ自他共に助かるのである。
枯木は伐つてしまへ[#「枯木は伐つてしまへ」に傍点]、若木がぐい/\伸びてきて、そしてまた、どし/\芽生えてきて、枯木が邪魔になる、伐つて薪にするがよい。
そこで、私は私自身を伐つた[#「私は私自身を伐つた」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]
一月十日[#「一月十日」に二重傍線] 曇――晴。
東京の榧子さんから、おいしいせんべいを頂戴した。
臥床、しみ/″\死をおもふ、ねがふところはたゞそれころり徃生[#「ころり徃生」に傍点]である。……
暮れ方から石油買ひに出かける、寒月がよかつた。
一月十一日[#「一月十一日」に二重傍線] 曇。
――米がなくなつた、炭もなくなつた、そして口と胃とがある、生きてゐることは辛い。――
さむいな、さびしいな。
今日やうやく賀状のかへしを五六通書いて出した。
昨日今日多少寒さがゆるんだやうで、雪もよひが雪にならないで時雨になつた。
ねむれないので句の推敲をする。
更けて弱震があつた、それも寂しい出来事の一つ。
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田舎者には田舎者の句
老人には老人の句
山頭火には山頭火の句
┌素質┐
│年齢┼個性
└環境┘
┌創作的活動
│ 量よりも質
└批判、沈潜、表現
[#ここで字下げ終わり]
一月十二日[#「一月十二日」に二重傍線] 晴――曇――時雨。
霜晴れの太陽を観よ。
風が出て来た、風を聴け。
しようことなしにポストまで(SOSの場合だ!)、途中一杯ひつかけたが、足らないのでまた一杯、折からの空腹で、ほろりとして戻る(のん気なSOSの場合だね!)。
庵中嚢中無一物、寒いこと寒いこと(床中で痛切に自分の無能無力を感じた、私には生活能力[#「生活能力」に傍点]がない、そして生活意慾をもなくしつゝある私である)。
一月十三日[#「一月十三日」に二重傍線] 曇、折々氷雨。
薄雪、さらさらさら解ける音はわるくない。
今朝は食べるものがなくなつたので、湯だけ沸かして、紫蘇茶数杯、やむをえない絶食[#「絶食」に傍点](断食[#「断食」に傍点]とはいへない!)であるが、上海では毎日窮民が何百人も凍死餓死するさうだから、それを考へると、こんなことは何でもない。
午後、寝てゐたけれど、やりきれなくなつて出かける、W店で一杯ひつかけた元気でF店へ行き米を借らうとしたが娘一人で話がまとまらない、さらにN店へ飛びこみ、また一杯ひつかけて、愚痴をならべて主人から米代若干借ることが出来た。……
今年最初の羞恥だ[#「今年最初の羞恥だ」に傍点]!
米と麦とを持つて戻り、ほつとしてゐるところへ学校の給仕が樹明君の手紙を持つて来た、こたえた、私は何と答へよう、かう書くより外なかつた、それがせいいつぱいの返事だつた[#「せいいつぱいの返事だつた」に傍点]。――
……忘れてもゐません、捨てゝもおきません、どうぞあてにしないで待つてゐて下さい。……
あゝ金が敵の世の中である、自他共に誰もが金に苦しめられてゐる、跪いてゐる、あゝ。
うどん一杯、何といふうまいうどんだつたらう!
餅のうまさは何ともいへない!
よく食べてよく睡つた。
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事変俳句について[#「事変俳句について」に白三角傍点]
俳句は、ひつきよう
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