蜘蛛が這ふ、蚊が飛ぶ、あまり温かいので。
裏山で最初の笹鳴を聴いた。
夜は雨風になつた、さびしかつた、寝苦しかつた。
いよ/\アブラが切れてしまつた!
いつとなく、ぐつすり睡つた。
[#ここから2字下げ]
(序詩)
天[#「天」に傍点]、我を殺さずして詩を作らしむ[#「我を殺さずして詩を作らしむ」に傍点]
我生きて詩を作らむ[#「我生きて詩を作らむ」に傍点]
まことの詩[#「まことの詩」に傍点]、我みづからの詩[#「我みづからの詩」に傍点]
天そのものの詩を作らむ[#「天そのものの詩を作らむ」に傍点]――作らざるべからず[#「作らざるべからず」に傍点]
(逍遙遊)
ほんたうの人間は行きつまる
行きつまつたところに
新らしい世界がひらける
なげくな、さわぐな、おぼるるな
(旅で拾ふ)
のんびり生きたい
ゆつくり歩かう
おいしさうな草の実
一ついただくよ、ありがたう
[#ここで字下げ終わり]
三月七日[#「三月七日」に二重傍線] 晴れたり曇つたり、そして降つたり。
春寒、あたりまへのよろしさ。
――来ない、来ない、ほんに待つ身はつらい!
しづかに紫蘇茶をすゝる。
とても起きてはゐられない、からだがふら/\する、また火燵を出して寝る、そして読書、反省、追想、思索。
今朝はいつのまにやら新聞が来てゐる、新聞を読んで、時事を知り時代を解することは私たちのつとめ[#「つとめ」に傍点]であり、なぐさめ[#「なぐさめ」に傍点]であり、勉強でもある、新聞はありがたいもの[#「ありがたいもの」に傍点]だ。
寝てゐたが、たまらなくなつて出かける、やうやくにして米と酒と石油とを少々借ることが出来た(日頃の馴染ではあるけれど、家も名も知らない私のやうなものに快く貸して下さつたS店の妻君とM老人とに感謝する)。
六日ぶりに飯を食べ酒を飲んだ、まことにそれは御飯[#「御飯」に傍点]であり、お酒[#「お酒」に傍点]であつた! 味うてゐるうちに眼がくらむやうな心地であつた、ほつとするよりがつかりしたやうに。
雨露のめぐみ[#「雨露のめぐみ」に傍点]といつたやうなものをしみ/″\感ずる、衆生の恩[#「衆生の恩」に傍点]を感ずる。
――泣くな、怒るな、耽るな。……
飯の味、酒の味、人の味[#「人の味」に傍点]、――生活の味。
おかずがないので、鰯のあたま[#「鰯のあたま」に傍点]を味ふ
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