らするは酒のみてゑひ泣するに尚しかずけり
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大隈言道(草径集)
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 なき時はなくて幾日かすぐすらむある日は酒のあるにすきつつ
 今日は今日あらむ限はのみくらし明日のうれへは明日ぞうれへむ
・わが如く酒にいふらし音立ててうてはうつ手をまぬる山彦
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橘曙覧(志濃夫廼舎集)
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・とくとくとたりくる酒のなりひさご嬉しき音をさするものかな
 菊かをるまがきの下にゑひたふれ南の山のからうたうたふ
・床になくこほろぎ橋を横に見てゑひたふれたるねごこちのよさ
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 二月九日[#「二月九日」に二重傍線] 雪。

ずゐぶん冷える、終日臥床、死について考へつゞける、……死ぬることはむつかしい、死場所、死の方法……死の準備[#「死の準備」に傍点]、それが私に残された唯一の仕事だ!
道明寺糒を食べる、未知の友の温情を味ふ。

 二月十日[#「二月十日」に二重傍線] 曇。

動けない。――
俳句を通して、心と心とが触れ合ふ(来信を読みつゝ)。

 二月十一日[#「二月十一日」に二重傍線] 晴。

日本晴だ。
紀元節、建国祭、今日から国民総動員第二強調週間。
憲法発布五十年祝賀式典。
天地の間にりんりんたるものがある[#「天地の間にりんりんたるものがある」に傍点]。
午後、樹明君来庵、同道して暮羊君を見舞ふ、酒肴の御馳走になり、餅を貰うて帰庵。
酒はうまい、餅はうまい……みんなうまい!

 二月十二日[#「二月十二日」に二重傍線] 晴。

春日和。――
身のまはりをかたづける、いつでも死ねるやうに!
糒と餅と、そして味噌と砂糖と、それだけ!
夕暮、油買ひに街へ、例によつて一杯、あゝ極楽々々。
歯がぬけた、さつぱりした、その歯は残つてゐる四枚の中の一枚で、歯として役立たないばかりでなく、気にかゝる邪魔物であつた。

 二月十三日[#「二月十三日」に二重傍線] 晴――曇――雨。

まさしく春だ!
あたゝかい飯が食べたい!
今日はとてもあたゝかだつた、夜になつてあたゝかすぎる雨が降りだした。……

 二月十四日[#「二月十四日」に二重傍線] 曇。

いかにも春雨らしく降つた。
沈欝たへがたし、うつら/\昼夜なし。
更けてよい月夜になつた、十五夜らしい。
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飢は甘味を要求
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