もしんせつにして下さる。
夜は三人で市街散歩、氷汁粉には閉口した、井上さんの宅にひきかへして、ビールを飲んで、泊めて貰ふ。

 八月廿七日[#「八月廿七日」に二重傍線] 晴。

暑い/\、朝湯朝酒。
青城子君、堤さん、鏡子君来訪、会談会食。
青城子君とは半年ぶりにうちとけて話し合つた、どうやらワダカマリも解けたらしい、青城子君よ、すまなかつた。
三時、お暇乞して、ぶら/\戸畑へ向ふ、途中、雲平居を訪ねる、夕飯をよばれる、雲平君の厚誼に感謝する。
多々桜君は折あしく宿直、そして子供さんが病気、早々辞去して駅前の宿屋に泊る。
関門地方は燈火管制で真暗だ、その闇の中を出征する光景はまことに戦時気分いつぱいだ。
至るところで[#「至るところで」に傍点]、友情が私の放逸を恥ぢ入らせる[#「友情が私の放逸を恥ぢ入らせる」に傍点]、私は何といふ愚劣な人間だらう[#「私は何といふ愚劣な人間だらう」に傍点]。

 八月廿八日[#「八月廿八日」に二重傍線] 曇。

早朝出立、朝酒をひつかけた元気で八幡まで歩く。
十二時前に飯塚着、伊岐須の健を訪ねる、二時間ばかり話して別れる。
三時すぎ、緑平居の客となる、病中の奥さんにはお気の毒だけれど泊めて貰ふ。
緑平老としみ/″\話す。……

 八月廿九日[#「八月廿九日」に二重傍線] 晴。

早起、話しても、話しても、話しきれないものがある。
十時の汽車で門司へ、岔水居に立ち寄る、若い奥さんがこゝろよく迎へて下さる。
飲む、話す、そして泊る、岔水君はいつもかはらぬ人だとつくづく思ふ、洗練された都会人だ。

 八月卅日[#「八月卅日」に二重傍線] 曇。

あまり品行方正だつたからか、たうとうからだをいためたらしい!
朝、お暇乞する。
埠頭で青島避難民を満載した泰山丸を迎へる、どこへ行つても戦時風景だが、関門はとりわけてその色彩が濃く眼にしみ入る。
役所に黎君徃訪。
正午、下関に渡り、映画見物はやめにして、唐戸から電車で長府の楽園地へ、一浴して一睡。
夕を待つて黎々火居を敲く、泊めて貰ふ。
今日も暑苦しかった。
さぞや戦地は辛からう。――

 八月卅一日[#「八月卅一日」に二重傍線] 晴。

黎君は早朝出勤、私はゆつくりして、歩いて長府駅から乗車、途中嘉川で下車、伊藤さんの宅に寄つて少憩、句集を発送する。
夕方帰庵、暮羊君ビールを持つて来庵。

 九月一日[#「九月一日」に二重傍線] 曇。

二百十日、関東大震災記念日。
アルコールなしで謹慎、追憶、懺愧。

 九月二日[#「九月二日」に二重傍線]――九月十日[#「九月十日」に二重傍線] 晴曇。――

彷徨、身心落ちつかず、やるせなさたへがたし。

 九月十一日[#「九月十一日」に二重傍線] 曇。

身辺整理。
人間を再認識すべく市井の中へ飛びこむ[#「人間を再認識すべく市井の中へ飛びこむ」に傍点]覚悟を固める、恐らくは私の最後のあがき[#「私の最後のあがき」に傍点]であらう。
五時の汽車で、樹明君と共に下関へ、――嬉しいやうな、悲しいやうな、淋しいやうな、切ない気持だつた。
七時すぎ下関着、雨が降るのでタクシーで、N家へ行く、こゝで私は人間を観やう[#「人間を観やう」に傍点]とするのである。
老主人といつしよに飲む、第一印象はよくもなかつたがわるくもなかつた。
私は急転直下した、山から市井へ、草の中から人間の巷へ。……
樹明君と枕をならべて寝る、君は間もなく寝入つたが、私はいつまでも眠れなかつた、万感交々至るとは今夜の私の胸中だ。

 九月十二日[#「九月十二日」に二重傍線] 曇。

朝早く起きる、新生活の第一日である。
三人同道して彦島へ渡る、材木の受渡方計算法を教へて貰ふ、それから門司へ渡つてM会社のU氏に紹介される、何もかも昨日と今日とは正反対だ。
夜、樹明君を駅に見送る、当分逢へまい、切ない別離だつた(樹明君も同様だつたらしい)。

 九月十三日 晴。

主人について彦島へ行き、材木の陸揚を手伝ふ。
算盤の響だ、まつたく六十の手習!
嫌な家庭だ(家庭とはいへない家庭だ)、夫、妻、子、孫、みんなラツフでエゴイストで、見聞するにたへない場面の連続だ。
街を歩いてゐたら、ヅケを見せつけられた、あそこまで落ちてしまつたら、どんなに人間もラクな動物だらう。
いたるところ戦時気分がたゞようてゐる。
月がよかつた。

 九月十四日[#「九月十四日」に二重傍線] 晴。

主人と共に門司行、請求書調製。
オヤヂのワカラズヤであるに驚く、彼はガムシヤラで世の中を渡る男に過ぎない。

 九月十五日[#「九月十五日」に二重傍線] 晴。

未明起床、主人仲仕連中といつしよに本船へ出かける、北海道松を受取るのである、慣れない船上徃来には閉口した。
菜葉服にゴム靴、自分ながら苦笑し
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