に「マヽ」の注記]中行事の一つである。
郵便局へ出かける、とてもうらゝかな日である、久しぶりに――四十余日ぶりに理髪、そして久しぶりに――十余日ぶりに入浴、身も心も軽くなつた、――二十八銭の保健的享楽[#「二十八銭の保健的享楽」に傍点]といへばいへるだらう!
途中で見つけた鮮人屑屋さんを連れて戻つて、古新聞と空瓶とを売る、金四十銭、これだけでもこの場合大いに助かる。
石蕗の花がぼつ/\咲きだした、野性味がある、下品なやうでおつとりしてゐる、私の好きな花の一つだ。
コスモスはやゝすがれ気味になつてゐる、優美そのものともいふべき花であるが、どういふものか、私はあまり好きでない。
松茸は今が出盛り、百目が二十銭乃至三十銭、今年は稲作が上出来なので、それと反対に不出来だといふ。
菜ツ葉を買うて来て、さつそく煮たり漬けたりする、うまいうまい!
今夜もまた一睡も出来なかつた、むろん近来昼寝なんかしやしない、不眠は情ないが、それに堪へる健康は有難い、私のは[#「のは」に「マヽ」の注記]不死身[#「不死身」に傍点]なのだらうか。……
十月十五日[#「十月十五日」に二重傍線] 晴――曇――雨。
朝はなか/\寒かつた。
裏藪はまさに秋風、柿の落葉がうつくしうなる。
たよりいろ/\、ありがたし/\。
K店のマイナスを払ふことが出来たのはうれしい、マイナスを払つた気持のよさはマイナスに苦しんだものでないと解らない。
品行方正、どうやら落ちつけさうだ。
今夜はぐつすり睡れた、めづらしい熟睡だつた。
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人間は互に理解し理解せられること[#「理解し理解せられること」に傍点]を欲する、それは所有慾名聞慾でなくして真実心だ。
自由な自由律[#「自由な自由律」に傍点]! 私は自由律の自由を要求する。
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十月十六日[#「十月十六日」に二重傍線] 時雨。
けふもつゝましく。――
かへりみると、八月九月はきわめて多事多難だつた、自分で自分を殺すやうな日夜がつゞいた、そして死にもしないで、私はこの境地まで来た。……
身辺整理、何もかもかたづけて――まだ屋根と野菜畑とはかたづかないが――ほつとする、おちついてゆつたりした気持である。
濡れてポストまで、傘も帽子もなくなつたから!
一杯ひつかけたが、いつもほどうまくなかつた、後味もよくなかつた、戻つてから熟柿を食べて、どうやらさつぱりした、――これが本当ならありがたいうれしいと思ふ、同時にさびしくもかなしくも思ふ。
私は酒を飲む時はいつも一生懸命だつた、いのちがけで[#「いのちがけで」に傍点]飲んで飲んで飲みつぶれてゐたのである!
夜はのんきに古雑誌(それも主婦の友だ!)を読んでゐたが、どうしても睡れない、明方近くとろ/\としたが、すぐ覚めて起きた、不眠はたしかに罰だ[#「不眠はたしかに罰だ」に傍点]! なまけものにうちおろされる鞭だ!
十月十七日[#「十月十七日」に二重傍線] 曇。
しづかなるかな。……
稲扱機のひゞきがなつかしくきこえる。
風、秋風だ、木の葉がちる。
秋寒、何となくうすら寒い。
炭屋まで出かける、火鉢がこひしうなつたのだ、火鉢に手をかざしてゐないとおちつきがわるい。
今夜はともかく眠れた、夢は多かつたが。
十月十八日[#「十月十八日」に二重傍線] 晴、満月。
寒い、冷たい、冬が近いことを思はせる、今朝から火鉢に火をいける。
最近二ヶ月間の変化を考へると、私はしゆくぜんとする、自然も私もすつかり変化した。
うれしいたよりいろ/\、ことにアメリカからのそれはうれしかつた。
さつそく街へ出かけて買物をする、ありがたかつた。
久しぶりに独酌を味ふ、うまい、うまい。
暮れてから学校に樹明君を訪ねる(酒と焼茸とを携へて)、いつしよに散歩する、ほどよく酔うて、労れたのでI屋に泊る、よかつた、よかつた。
十月十九日[#「十月十九日」に二重傍線] 秋空一碧。
早朝、同道して帰庵、酒もあり汁もあり飯もあつて幸福だつた。
何だか、忘れてしまつたやうな気がする、何もかもみんな忘れてしまへ!
山口へ行く、湯田で一浴、そして一杯、もつたいないことだ、私は「天下の楽人《ラクジン》」であらうか!
おとなしく戻つて、月を観て、しんみり睡つた。
方々へ手紙を書く。――
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私はこのごろ落ちついてはゐますが、もつと山ふかい里にひつこまなければ、しんじつ落ちつけないやうに思ひます、……どうなる私か、……老来いよ/\恥多く惑ひ多し[#「老来いよ/\恥多く惑ひ多し」に傍点]、です。……
[#ここで字下げ終わり]
十月廿日[#「十月廿日」に二重傍線] 晴。
今朝も早くから、出征を見送る声が聞える、私はその声に聞き入りつゝ、ほんたうにすまない[#「ほん
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