へて早寝した。
さびしい一日、さびしすぎる誕生日であつた。

 十二月四日[#「十二月四日」に二重傍線] 曇、時雨。

身心安静。――
ポストへ出かける、W店で酒三合借りる、ほうれん草二把四銭、なでしこ四銭、木綿針五本で一銭!
ほうれん草はおいしい、酒はさほどうまくない(四日ぶりの酒なのに)。
酒がうまくなくなることは――酒で無理をしなくなることは、私の苦悩[#「苦悩」に傍点]がなくなることであるが、それは同時に私の悦楽[#「悦楽」に傍点]がなくなることでもある。
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┌精神乖離症《シツオイド》
└精神分裂症
┌今日一日の命
│大死一番絶後蘇生
└死而後已
┌剣道四病
│  驚、恐、疑、惑
└剣道四綱
   一眼二足三膽四力
[#ここで字下げ終わり]

 十二月五日[#「十二月五日」に二重傍線] 初雪、晴。

朝早く雪が積んでゐる、降ってゐる、雪のうつくしさ。
雪見酒[#「雪見酒」に傍点]! わるくないな、誰か一樽さげて来ないかな。……
それどころぢやない、米が一粒もないではないか、……よしよし、絶食[#「絶食」に傍点]もよからう! 食べすぎ飲みすぎのわだかまりが清掃されるだらう!
雪がふるふる、支那遠征の将士を思ふ、合掌。
郵便屋さん、御苦労、新聞屋さん、御苦労。
あらゆるものに対して感激と感謝を覚える日である[#「あらゆるものに対して感激と感謝を覚える日である」に傍点]。
ポストまで、すぐ戻つた、善哉々々。
雪を眺めつゝ、行乞時代を追想しないではゐられなかつた。
寒い寒い、冬もいよ/\本調子になつた。
初炬燵[#「初炬燵」に傍点]、かうしてぬく/\と寝てゐられることは何といふ幸福であらう、有難いよりも勿躰ない。
寝苦しかつた、なか/\睡れなかつた(空腹の故でもある!)、長い夜が一層長かつた、私は熱心に軍歌の語句を考へつゞけた。……
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金がありがたいのではない[#「金がありがたいのではない」に傍点]、金をありがたがるのではない[#「金をありがたがるのではない」に傍点]、物が[#「物が」に傍点]、物そのものがありがたいのだ[#「物そのものがありがたいのだ」に傍点]、物を造つた者をありがたがるのだ[#「物を造つた者をありがたがるのだ」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]

 十二月六日[#「十二月六日」に二重傍線] 曇。


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