らたよりがないのが気にかかつてならない)。
さつそく街へ出かけて買物いろ/\、――米、醤油、石油、マツチ、味噌、煙草、等々等々。
何といふ飯のうまさ!(貧乏は物の味を倍加する)ありがたさ!(困窮はその物の価値を認識せしめる)
暮羊君、久しぶりに来庵、蕎麦掻きを御馳走する、同君から金と傘とを借りて、再び街へ出かけた。
夜、湯田まで出かけて入浴する、十二日ぶりの入浴である、すぐ引き返した、そして心ゆたかに独酌のよさを味つた。
私は私のうちにりんりんたるものを感じる[#「私は私のうちにりんりんたるものを感じる」に傍点]、それを正しくうたふことが私の当面の仕事である[#「それを正しくうたふことが私の当面の仕事である」に傍点]。
酒が今までのやうにうまくなくなつた、それは心理的[#「心理的」に傍点]といふよりも生理的変化[#「生理的変化」に傍点]が私の内部に起つてゐるからであらう、とにかく私はアルコールを揚棄しなければならない[#「私はアルコールを揚棄しなければならない」に傍点]。

 十一月廿九日[#「十一月廿九日」に二重傍線] 曇。

起きるとすぐ火を焚きつける、火はうれしいものだ、冬の火はことさらうれしい。
生きてゐることは死んでしまふよりも苦しい世の中であるけれども、その苦しさに堪へることが人生である。
ポストまで出かける、緑平老へ第二の詫状をおくる、岔水、多々桜君へ受贈本をそれ/″\送る、この送料はけふこのごろの私にはこたへた。
鰯十尾十三銭、酒二合二十二銭、おいしい中食をいたゞく。
午後散歩、湯田へ行く、S屋に泊る、温泉はありがたいといつも思ふ、つい泊つてしまふ(安くて良い宿を見つけたものだから)。
酒はあまり飲まなくなつた、いや飲めなくなつた(経済的に、また肉体的に)、しかし絶対禁酒はとうてい出来ない。

 十一月卅一日[#「十一月卅一日」に二重傍線][#「十一月卅一日[#「十一月卅一日」に二重傍線]」はママ] 曇――晴。

朝湯を浴びて、一杯ひつかけて、それからバスに乗つて帰庵。
緑平老からあたゝかいたよりが来た、ほつとする。
大根はうまいかな、大根はあらゆる点で日本蔬菜の王だ。
白菜一玉八銭、これも漬物にして天下一品。
身辺整理、そゝくさ日が暮れた。

 十二月一日[#「十二月一日」に二重傍線] 時雨。

新らしい月が来た(間もなく新らしい年が来る)、新らし
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