わけぎの球根を分けて貰うて植ゑる、安心々々。
夕方、約の如く暮羊君来庵、酒と新菊とを持つて、そして壱円投げだして飲まうといふ、応とばかりに街へ出かけて買物いろ/\、飲む、笑ふ、二十日月がほんのりとのぞいてきた、とてもおいしかつた、うれしかつた。
松茸と柚子と新菊との三重香[#「松茸と柚子と新菊との三重香」に傍点]、秋の香気が一碗の中にあつまつてゐる[#「秋の香気が一碗の中にあつまつてゐる」に傍点]、秋は匂ひだ、その匂ひの凝つたのが松茸の香であり、柚子の香である。
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   今日の買物
一金十銭   ハガキ
一金三十銭  酒
一金二十九銭 煮干
一金九銭   玉葱
一金四銭   大根
一金五十五銭 酒
一金六銭   豆腐
一金九銭   揚豆腐
一金十四銭  松茸

□小鳥のおもひで
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□田雀――
□渡り鳥――
□雲雀の巣――
□眼白――
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 十月廿四日[#「十月廿四日」に二重傍線] 今日も好晴。

おかげでぐつすり睡れて、早く眼が覚めた、ランプをともして読書してゐるうちに、鶏が啼き、お寺の鐘が鳴り、会社のサイレンが鳴る、すぐ起きる、明星はだいぶ昇つてゐるが、山の端がうつすら明るいだけ、しかし、朝月が冴えてゐるので暗くはない、――昭和十二年十月二十四日といふ今日の好き日をことほぐ。
世はさま/″\人はいろ/\だとつく/″\思ふ、たとへば、こんどの句集についても、申込んで来たので送つてあげたのに、礼状さへもよこさ人[#「さ人」に「マヽ」の注記]がずゐぶん多い、そしてさういふ人はたいがい青年らしい(私がかうまで憤慨するのも自分に関した事柄であり、物質的なこだはりがあるからかも知れない、お互、反省しよう)。
――おかげさまで[#「おかげさまで」に傍点]、――といふ言葉は尊い、私たちが飲食するのも読書するのも散歩するのも、すべて生きものが生きてゐるのは、みんな何かのおかげ[#「何かのおかげ」に傍点]である、その何かに感謝し報恩したいと努めることに人生の意義がある。
例によつてポストまで、学校で新聞を読み樹明君に会ふ。
路傍の草の中で仔猫が断末魔の悲鳴をあげてゐた、胸が痛くなつた。
樹明君を待ちつつ支度をする、今日もまた松茸に豆腐のチリだ、待ちきれないで一杯やつてゐると、めづらしくも女と子供の声が山の方へ行く、何
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