つた!
今日、数日ぶりに新聞を読んで政界の風雲急なるに驚いた、たうとう軍部と政党とが正面衝突して、解散か総辞職かで緊張しが[#「しが」に「マヽ」の注記]、脆くも広田首相は辞表を捧呈した、まことに日本の現在は『疾風怒濤時代[#「疾風怒濤時代」に傍点]』である。
今日の夕餉もさびしかつた。
月あかりで(石油がないので)不眠徹夜、追想したり反省したり句作したりする外なかつた!
┌生の歓喜か
└死の幸福か

 一月廿五日[#「一月廿五日」に二重傍線] 時雨。

水底の魚のやうに自己にひそんでゐた。――
食べる物がなくなつた、――何もかも無くなつた。
Kから手紙が来ないのが気にかゝる、この気持はなかなか複雑だが。
空腹が私に句を作らせる、近来めづらしくも十余句!
夜、食べたくて飲みたくて街へ出かける、M屋で酒二杯、M店でまた二杯、そしてS屋でうどん二杯、おまけにうどん玉を借りて戻る。……
十三夜の月があかるかつた、私はうれしかつた。
[#ここから3字下げ]
月が酒がからだいつぱいのよろこび
[#ここで字下げ終わり]
お酒のおかげでぐつすりと寝た。
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□人間は生れて最初が食慾で、そして老いて最後が食慾だ。
□貧乏は反省をよびおこす。
 食べるものも無くなると、本来の自分があらはれる。
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿六日[#「一月廿六日」に二重傍線] 晴。

小春うらゝかに梅の散る日。
熟睡したので身心やすらか。
朝飯はうどんで、昼飯はぬいて、夕飯は大根で、――それしかないので。――
正午のサイレンが鳴つた、今日もKからの手紙は待ちぼけか!
終日庵中独坐。
W老人が来て何かと話しかける、買ひかぶられてゐる私は返答に困つた。……
今夜は燈火のないことが私にたくさん句を作らせた、明け方ちかくまで睡れなかつた。
うつくしい月だつた、感慨にふけらざるをえなかつた。

 一月廿七日[#「一月廿七日」に二重傍線] 晴。

身心沈静。
明暗、清濁、濃淡の間を私は彷徨してゐる、そして句を拾ふのだ、いや、句を吐くのだ!
やうやくKから手紙が来たのでほつとする、さつそく出かけて、払へるだけ払ひ買へるだけ買ふ。
ゆつくり飲んで食べる、理髪して入浴する。
四日ぶりに御飯を炊く、うれしかつた、ありがたかつた、おいしかつた。
生きてゐるよろこび、死なゝいでゐるうれしさ。
飯、飯、飯、酒、酒、酒だつた!
宵から快眠したので、夜中に眼をさまして句作、気に入つた句が作れた。
句、句、句でもあつた(前の文句に対して)。
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   今日の買物
       (なか/\大きい)
一金四十五銭   ハガキ
一金六十銭    酒
一金壱円弐十銭  木炭
一金三十弐銭   なでしこ
一金六銭     蝋燭
一金六拾弐銭   米
一金十銭     うどん
一金六銭     鰯
一金九銭     味噌
一金拾五銭    ゴマメ
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿八日[#「一月廿八日」に二重傍線] 雨。

きのふけふ冬もいよ/\本格的になつたやうだ。
老の鼻水!
午後、街へ、油買ひに麦買ひに、そして一杯やつた、幸福々々。
新聞を見ると、政局不安は何う結着するか誰にも解らないらしい。
日本は何うなるか[#「日本は何うなるか」に傍点]――何うすればよいか――誰もが考へて、そして誰もが苦しんでゐる問題である。
よく食べてよく寝た。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□現実逃避[#「現実逃避」に傍点]ではない、現実超越[#「現実超越」に傍点]である。
□詩人は現実よりも現実的である。
□現実にもぐりこんで、そして現実を通り抜けるとき詩がある。
 現実を咀嚼し消化し摂取して現実の詩が生れるのである。
□現実そのものは詩ではない。
 詩は現実の現実[#「現実の現実」に傍点]でなければならない。
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿九日[#「一月廿九日」に二重傍線] 曇――晴。

一切放下着、身辺を整理せよ、むしろ心内を清算せよ。
どこかで牛が鳴く、いつまでも長う鳴く、乳房が恋ひしいのか、異性が欲しいのか、――私も何だか泣きたくなる!
午後、中井君だしぬけに来訪。
その間の事情を知つてゐる樹明君も来訪。
ちりで飲む、話がはづんだ、――ルンペン、ポエム、人間、性慾、自然。……
――私は憂欝になる、身心不調だ、――冷酒をあほつて、下らないことをしやべつてごまかす。――
[#ここから3字下げ]
どこまでゆく遠山の雪ひかる
[#ここで字下げ終わり]
中井君が私の旧作を覚えてゐて、放浪の哀愁を語る、二人とも心地よく睡つた。

 一月三十日[#「一月三十日」に二重傍線] 晴。

朝日を部屋いつぱいみなぎらせと[#「せと」に「マヽ」の注記]
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