みん蝉も最初の唄をうたつたやうだつたが。
筍がぞく/\出初めた、今までは毎日蕗を食べたが、これからは毎日筍を食べることだらう。
蕗から筍へ[#「蕗から筍へ」に傍点]、――私の季節のうつりかはり[#「私の季節のうつりかはり」に傍点]である。
待つものが来ない、失望落胆。
飢が私をして学校の米を貰はしめた、樹明君に対しても(私自身に対しても)心苦しいといつたらなかつた。
いつまでかうした生活がつゞくのか、私はどこまでだらし[#「だらし」に傍点]がないのだらう。
飯ほどうまいものはない、私たちのやうな日本人には。
腹いつぱい食べて、空を仰げば、今日の日輪かゞやく。
W老人からトマト苗を分けて貰つて植ゑつける、五本、いつしよに薯やら葱やら貰つた、感謝。
――魚売の声よそにふけ青嵐[#「魚売の声よそにふけ青嵐」に傍点]――これは也有翁の閑居吟であるが、私の場では、
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豆腐屋のラツパも寄らない青葉若葉
[#ここで字下げ終わり]
である、呵々。

 六月十七日[#「六月十七日」に二重傍線] 曇――晴。

早起、なか/\降らない。
ぼつ/\田植が始つた。
亡弟二郎の祥月命日(私の推定日)、読経焼香して彼の冥福を祈つた、彼はまことに不幸な正直な人間であつたが。――
樹明君へ告白の手紙を書く、かういふ手紙を今日書いたといふことも何かの因縁だらう。
午後は散歩、三時間あまり、新町から椹野川土手へ、途中、S老人の店で一杯借りる、月草を折つて戻る、昼顔は見つからなかつた。
米がなくなつた、煙草もなくなつた、石油もなくならうとしてゐる、生命だけが、幸にして或は不幸にして、なくならない!

 六月十八日[#「六月十八日」に二重傍線] 晴。

早起して身辺整理、悪筆を揮ふたのもその一つ。
一度、学校まで出かけたが、樹明君に逢ひにくゝて新聞を読んだゞけで戻つた、そしてまた出かけて、やうやく樹明君に逢ふ、君はいつものやうに万事飲み込んでゐて、米をくれる、酒を魚を御馳走してくれた。
最初の酒と魚とはほんにありがたかつた、おいしかつた、F屋での散財はおもしろかつたけれど、つまらなかつたと思ふ。
とにかく私は今月になつて初めて刺身を食べ、三月ぶりに芸者と遊ぶほどののんきさを持つたのである。
まさに樹明大明神! 南無樹明菩薩!

 六月十九日[#「六月十九日」に二重傍線] 曇。

朝寝。
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