うつくつくぼうしは鳴かなくなつたが、まだがちやがちやは鳴いてゐる、何だかそこにも私自身の陰影が残つてゐるやうな気がする。……

 十月廿三日[#「十月廿三日」に二重傍線][#「十月廿三日[#「十月廿三日」に二重傍線]」はママ] 晴。

風邪気分、咳が出て困る、六時のサイレンが鳴つても寝床にゐた、私としてはめづらしい朝寝だ。
平静、――身辺整理。
食べる物がない! 今日の食卓には貰つたほうれん草と盗んだ熟柿とあるだけだつた。
郵便もたうとう来なかつた。
午後、Nさん来庵、いつしよに学校の樹明君を訪ねる、酒と魚とを貰つて、またいつしよに帰庵、樹明君もやつてきて、愉快に飲んでほろ酔うた、いつしよに街へ出かけて、無事にめでたく解散。
私は一人になつて、Y屋で食べH屋で飲んで、理髪し入浴して帰つた、そしてぐつすりと寝た。
今日は嫌な言葉[#「嫌な言葉」に傍点]――それが誰の言葉であるかは書かないでもよい、――を樹明君及Nさんを通して聞いた。
今夜の良かつたことは、――樹明君といつしよに飲み歩かなかつたこと(これは彼が避けたのかも知れない)、そしてNさんに無理なゲルトを出させなかつたこと。
とにか
前へ 次へ
全138ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング