やうでなければならない。
今日は酒なし、石油もなし、そして御飯と大根とがある、結局、食慾こそは最初の[#「食慾こそは最初の」に傍点]、そして最後のものである[#「そして最後のものである」に傍点]。
ムダはあつてもムラのない生活[#「ムダはあつてもムラのない生活」に傍点]が望ましい、一言に約すれば、自然[#「自然」に傍点]、いひかへれば本然[#「本然」に傍点]、さらにいひかへれば無理のない生き方[#「無理のない生き方」に傍点]。
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私の買物帳
一金弐十五銭 番茶一袋
一金十銭 蝋燭五本
一金十銭 蒲鉾一本
一金九銭 味噌百目
一金八銭 大根一把
一金壱円 酒一升
一金弐十四銭 バツト三ツ
一金十五銭 石油三合
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十一月十九日[#「十一月十九日」に二重傍線] 晴、曇、雨。
夜もすがら時雨を聴いた。
身心整理[#「身心整理」に傍点]。
ひよどりはなつかしいかな。
しぐれ日和、よい今日でもあるが、わびしい今日でもある。
此頃よく夢を見る(身心不調のためだらう)、昨夜も或る夢を見た、そこではSやKや彼や彼女が現はれて、私を泣かせたり笑はせたりした、過去と現在がこんがらがつて。……
午後Nさん来庵、いつしよに散歩かた/″\石油買ひに新町へ、そして途中別れた。
おかげで、今夜は燈明がある読物がある。
柿、柚子、橙、唐辛等をとりいれる、其中庵もまづく[#「づく」に「マヽ」の注記]してそしてゆたかだ。
風がなか/\強い、をり/\しぐれる、昼は秋ふかいものを感ずるが、夜は冬の来たことを感じる。
風の落ちた空に夕月が出てゐた、忘れがたい風景であつた。
ぢつとしてゐても、出かけても、何となく労れる、胸が痛い、これは感冒のひきこみがよくならないからだらうが)[#「)」に「マヽ」の注記]近頃めつきり老衰を覚える。……
おちついてしめやかな老境[#「おちついてしめやかな老境」に傍点]、それは私の切に望むところである。
なるやうになつてゆく[#「なるやうになつてゆく」に傍点]、――それが私の生き方でなければならない。
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最も古くして常に新らしいものは何か[#「最も古くして常に新らしいものは何か」に傍点]、それが芸術の、随つて人生の真実である。
軒端に蟷螂が産卵した産[#「産」に「マヽ」の注記]のまゝで死んでゐた、私は自然のいのちのすがた[#「自然のいのちのすがた」に傍点]そのままを観たのである。
家のまはりに柿の木[#「柿の木」に傍点]、野菜畑に大根[#「大根」に傍点]がなかつたならば、私たちの秋はどんなに淋しいであらう。
しみ/″\味ふ酒[#「しみ/″\味ふ酒」に傍点]、さういふ酒だけを飲む私にならなければならない。
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十一月二十日[#「十一月二十日」に二重傍線] 日本晴だ。
なるやうになつてゆく[#「なるやうになつてゆく」に傍点]、――これが私の最後の唯一の生き方[#「私の最後の唯一の生き方」に傍点]であることが解つた。
実人さんから干魚をたくさん頂戴した、干魚そのものは歯のない私には堅すぎるけれど、その情味のやわらかさは、ありがたし/\。
夕飯を食べて、ランプを点けて、一服やつてゐるところへなつかしい声――敬君だ、わざ/\生一本と汽車辨当を携へての御入来である、さつそく飲んで食べた、……それから街へ、……をんな、をんな、うた、うた、……ほろ/\とろ/\、……F屋で酔ひつぶれてしまつた!
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□ホントウのナンセンス文学[#「ホントウのナンセンス文学」に傍点]
こしらへたナンセンスではない。
おのづからうまれたナンセンス。
□あふれてわくもの[#「あふれてわくもの」に傍点]。
□魔術[#「魔術」に傍点]はよろしい。
手品[#「手品」に傍点]はよろしくない。
□草の実の執着。
熟柿の甘味。
太陽の光と熱。
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十一月廿一日[#「十一月廿一日」に二重傍線] 曇。
いよ/\冬が来た。――
起きてすぐ帰庵、敬君は下関へ出張。
午後、ポストまで、ついでに買物、海老雑魚十二銭、貰ひ水、独り者らしい、貧乏らしい、それがかへつて私の生活にはふさはしからう。
あるだけの米を炊ぐ、これも私にはふさはしからう。
やつぱり飲みすぎ食べすぎだつた、不死身の私も何となく胸苦しい。
暮れて敬君再び来庵、F屋まで出かけて少し飲んで多く食べる、戻つて来てからお茶を飲み菓子を食べ、そして仲よく寝る。
火燵があたゝかく、ぐつすり睡つた。
今日初めて火燵を出したが、火燵といふものはなつかしくうれしいものだ。
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┌しづかな朝飯。
└さびしい夕餉。
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