る、樹明君が来る、敬君が来る、いつしよに或るフアンを連れて、そして中村君も魚を持つて来る。……
苦しかつた、のたうちまはつた、酒は悪魔だ、何と可愛い悪魔だらう!
[#ここから1字下げ]
自然観照――自己観照――自然観照。
自己表現――自然表現。
[#ここで字下げ終わり]
十月廿五日[#「十月廿五日」に二重傍線] 晴、行楽日和だ。
迎へ酒のにがさよ(朝酒そのものはうまいのだが)。
農業校の運動会見物、樹明君はもう酔うてゐる、いや、昨夜からの延長らしい、お辨当を貰ふ、特別にナイシヨウで酒を貰ふ。……
私はスポーツに興味を持たない、引留められるのをふりきつて(Y屋で五十銭借りて)、宮市へ行く、花御子の行列[#「花御子の行列」に傍点]をちよつと見物した、そしてI家で御馳走になつた、昔話がはづんだ、S子の親切がうれしかつた。……
十時の汽車で帰庵、月はよかつたが、気持もおちついてはゐたけれど、やつぱりさびしかつた。
留守中、樹明君やら敬治君やらやつて来て待ちあぐんだらしい、すまなかつた。
労れてよくねむれたが、夢はヘンテコなものだつた。
十月廿六日[#「十月廿六日」に二重傍線] 曇。
――酒をつつしみませう[#「酒をつつしみませう」に傍点]――、と自問自答した。
炭屋の小父さんが炭を持つて来て、しばらく話した。
いよ/\酒をやめる機縁[#「酒をやめる機縁」に傍点]が熟したらしい、肉体的にも精神的にも、経済的にも生活的にも(といつて全然アルコールと絶縁することは不可能だらうが)、これはまことに大事出来だ、自己革命[#「自己革命」に傍点]の最たるものだ。
午後、樹明君来庵、ちり[#「ちり」に傍点]でほどよく飲んだ、そして六時のサイレンを聞いて、おとなしく別れた。
ばら/\雨、山川草木いよ/\うつくしい。
まづしささびしさにたへて[#「まづしささびしさにたへて」に傍点]、――月、虫、時雨。
石油が切れてゐるので宵から寝る。
おつとりとして生きたいな。
十月廿七日[#「十月廿七日」に二重傍線] 曇――晴。
しぐれの声で眼ざめた、めつきり寒うなつた、火鉢に火がないと坐つてゐられなくなつた。
とかく弱者の溜息[#「弱者の溜息」に傍点]らしいものが出る、情ないかな。
そこらで鶲がひそかに啼く、百舌鳥も孤独だが、これはまた寂しい鳥[#「寂しい鳥」に傍点]だ。
身辺整理、畑仕事もその一つ。
街へちよいと、油買ひに、米買ひに、なくてはすまない二つの物。
夜、Nさん来庵、いつものやうに、金がない、金がほしい話!
良い月夜だつた、十三夜ぐらゐだらう。
咳き入つて困つた、ち[#「ち」に「マヽ」の注記]ゞむさいこと。
十月廿八日[#「十月廿八日」に二重傍線] まことに日本の秋晴[#「日本の秋晴」に傍点]。
いよ/\寒くなつた、シヤツがほしくタビがほしくなつた、いそいで冬の仕度をしなければならなくなつた。
ひよどり[#「ひよどり」に傍点]が出て来て啼く、好きな鳥[#「好きな鳥」に傍点]だ。
紫蘇の実[#「紫蘇の実」に傍点]を採る、いゝにほひだ、日本的香気[#「日本的香気」に傍点]といふべきだらう。
大根を間引いてコヤシをやる、大根こそは日本蔬菜の第一位である。
――ああ、君、君、申訳がない、申訳がない、すみません、すみません、――遠方の友に向つて、私は平身低頭した、――彼は誰、何処にゐる。――
此頃の農家は忙しいが、寸閑をぬすんで、老人も子供もうち連れて柿をもいだり茸をさがしたりする、まことに美しい田園風景だ。
稲扱の音響も美しい調べといふべきだらう。
白菜がおいしい、漬けて一等だ。
みそさざいもなつかしい、おまへもまた寂しい鳥だ。
目白はおほぜいでやつてくる、貴族的だ。
午後、ぶら/\歩きたくなつて山口へ、一片の雲影もない秋日和である。
一人はよろしいなと思ふ、そしてまた、一人はさびしいなと思ふ、人間は我儘な動物だなと思ふ。
湯田温泉に浸る、……それから……それから……バカ、バカ、……バカ、バカ……Sさんには申訳がない、Yさんにも恥づかしい、……とうたう湯田の安宿に泊つた。
[#ここから1字下げ]
「旅草紙」
過去清算。
身心整理[#「身心整理」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]
十月廿九日[#「十月廿九日」に二重傍線] 晴。
空は明るく私は暗い、私は爛れてゐる!
一浴二浴して身心を洗ふ。
朝のバスにて帰庵、直ぐ臥床。
夜、嘉川のI老人来庵、たゞしやべつた、心中の苦しまぎれに。――
私が変人なら彼も変人だらう。
当地方の変人物語を聞く。
十月三十日[#「十月三十日」に二重傍線] 晴。
身心やゝかろし。
節酒か禁酒か、死か狂か。
百舌鳥が刺すやうに啼く、私の愚劣を叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]するやうに。
長大息す
前へ
次へ
全35ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング