ガキ酒、キツテ酒! ヂゴク、ゴクラク! あはれ、あはれ!
S子から来信、かういふ文句を読んでゐると年甲斐もなく涙ぐましくなる、血は水よも[#「よも」に「マヽ」の注記]濃く、そして切ない!
十月二十日[#「十月二十日」に二重傍線] 晴。
身心何となく痛い、すべて自因自果、自業自得也。
この澄みやうは、――我、秋天の如く秋水に似たり、おちついてしめやかな一日だつた。
柿の落葉の色彩の美しさは拾ひあげて凝視しないではゐられないほどだ。
午後、Nさんが親切にも婦人公論十月号を持つて来てくれた。
夕方、酒と雑魚と菜葉と到来、間もなく樹明君来庵、気持よく飲んで、それから散歩。
Jさんから訴へられ叱られ責められた、一言もなし、非は私にある、今更のやうに自分の愚劣を恥ぢた。
今夜の樹明君は良い方だつた(私も良かつた)。
新しい下駄五十銭を樹明君が奮発してくれた、これで地下足袋を穿いてうろ/\しないですむ。
十月廿一日[#「十月廿一日」に二重傍線] 晴、よくつゞくことだ。
まづはめでたや。――
反省、自己検討。――
ほうれん草のおひたしがうまい。
山野逍遙、ああ天地が美しい。
終日読書。
もうつくつくぼうしは鳴かなくなつたが、まだがちやがちやは鳴いてゐる、何だかそこにも私自身の陰影が残つてゐるやうな気がする。……
十月廿三日[#「十月廿三日」に二重傍線][#「十月廿三日[#「十月廿三日」に二重傍線]」はママ] 晴。
風邪気分、咳が出て困る、六時のサイレンが鳴つても寝床にゐた、私としてはめづらしい朝寝だ。
平静、――身辺整理。
食べる物がない! 今日の食卓には貰つたほうれん草と盗んだ熟柿とあるだけだつた。
郵便もたうとう来なかつた。
午後、Nさん来庵、いつしよに学校の樹明君を訪ねる、酒と魚とを貰つて、またいつしよに帰庵、樹明君もやつてきて、愉快に飲んでほろ酔うた、いつしよに街へ出かけて、無事にめでたく解散。
私は一人になつて、Y屋で食べH屋で飲んで、理髪し入浴して帰つた、そしてぐつすりと寝た。
今日は嫌な言葉[#「嫌な言葉」に傍点]――それが誰の言葉であるかは書かないでもよい、――を樹明君及Nさんを通して聞いた。
今夜の良かつたことは、――樹明君といつしよに飲み歩かなかつたこと(これは彼が避けたのかも知れない)、そしてNさんに無理なゲルトを出させなかつたこと。
とにかく世の中はうるさい[#「とにかく世の中はうるさい」に傍点]、人間の接触はわずらはしい[#「人間の接触はわずらはしい」に傍点]、私は一人で飲まう[#「私は一人で飲まう」に傍点]、そして酔はう[#「そして酔はう」に傍点]、そして唄はう踊らう[#「そして唄はう踊らう」に傍点]!
十月廿三日[#「十月廿三日」に二重傍線] 好晴。
昨夜、一人で飲んで酔うたので、今朝はさつぱりと身心が軽い、酒はほんによろしい。
早朝、財布をさま[#「ま」に「マヽ」の注記]さまにして、前のF家で白米一升ほど分けて戴く。
飯! 飯といふもののうまさありがたさが身にしみる、心にこたえる、私は貧乏だ[#「私は貧乏だ」に傍点]、そして幸福だ[#「そして幸福だ」に傍点]。
秋寒を感じさせる風、水、雲。
昨日も今日も毎日、とても好い日和、秋のよろしさが泌みわたり澄みとほる。……
落ちついて読書。――
純真で[#「純真で」に傍点]、そして愚鈍で[#「そして愚鈍で」に傍点]、それでよろしい。
酒なしデー[#「酒なしデー」に傍点]、煙草なしデー[#「煙草なしデー」に傍点]だつた。
よき食慾[#「よき食慾」に傍点]とよき睡眠[#「よき睡眠」に傍点]とがあつた。
方便として、禁酒節酒の仮面[#「禁酒節酒の仮面」に傍点]を被らうかとも思ふ、私は勿論、酒からは離れ得ないが、人から離れたいのである、人間(私のやうな人間でも)全然は孤独ではあり得ないけれど、孤独でありたいと願ひ、また、孤独であることの出来る時機がある、私は今、さういふ時機に直面してゐるやうである、……なほよく考ふべし。
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省みて疚しくない生活
恥ぢない生活
かげひなたのない生活
雲のやうな、風のやうな
水のやうな生活
何物をも恐れない
誰をも憚らない生活
すなほにつつましく
あたたかい、やさしい生活
[#ここで字下げ終わり]
十月廿四日[#「十月廿四日」に二重傍線] 晴、申分のない晴。
寒い、水がつめたい、火がなつかしくなつた。
酒[#「酒」に白三角傍点]もよい、煙草[#「煙草」に白三角傍点]もよいが、本[#「本」に白三角傍点]もよいな。
Kから来信、ありがたう/\/\。
午後、街へ出かけて、払へるだけ払ふ、飲めるだけ飲む、歩けるだけ歩く、……半日半夜彷徨、どろ/\になつて戻つたが、留守中たいへんだつたらしい。――
黎君が来
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