」に傍点]、――さういふ俳句を私は作りたい[#「さういふ俳句を私は作りたい」に傍点]。
酒乱清算の機縁が熟したと思ふ(私の場合では酒乱[#「酒乱」に傍点]といふよりも酒狂[#「酒狂」に傍点]といふべきだらう)。
今日も午後は近郊散策、形あるものがくづれる姿を見た、……途中、シヨウチユウ半杯が腹の虫をごまかした。
婦人公論[#「婦人公論」に傍点]を読む、なか/\面白い、私はその実話[#「実話」に傍点]や告白[#「告白」に傍点]から(それが真実のものであるかぎりは)、教へられ考へさせられることが多い。
「おさびしいでせう」と訪ねて来た人がしば/\いふ、さうです、さびしくないことはない、しかしさびしい以上によいもの[#「さびしい以上によいもの」に傍点]があります、どちらもよいことは世の中にありませんからね、私は社会の例外[#「社会の例外」に傍点]として存在してゐるのです、私だけにはかういふ生活態度も生活様式も自然で当然で、必然でもありますが、例外は飽くまでも例外ですよ、と私は答へる。
空は高く地は広く、山も水も草も美しい、私は幸福だ[#「私は幸福だ」に傍点]、生きられるだけは生きよう[#「生きられるだけは生きよう」に傍点]。――
[#ここから1字下げ]
火!
毎朝、起きるとすぐ竈の下を焚きつける、ちろちろと燃える、燃えあがる。
うつくしい、ありがたい。
火の尊厳美[#「火の尊厳美」に傍点]をたたふ。
天地悠久を感じる。
自然の恩寵を感じる。
万物の流転を感じる。
感じることは事実だ[#「感じることは事実だ」に傍点]。
見るよりも聞くよりもたしかな事実だ。
触れること[#「触れること」に傍点]がたしかな事実であるやうに。
今日の幸福[#「今日の幸福」に傍点]。
今日の感謝。
[#ここで字下げ終わり]
十月十四日[#「十月十四日」に二重傍線] 快晴。
申分のない秋日和、松茸が食べたい。
私が昨年来特に動揺してゐたのは、老年期に入る動揺[#「老年期に入る動揺」に傍点]のためであつたと思ふ、不安、焦燥、無恥、自暴自棄、虚無、――すべてがその動揺から迸つたのだらう、そしてそれに酒が拍車をかけた、私の激しい性情が色彩を濃くした、……しかしそれも過ぎてしまつた、私は今、嵐の跡[#「嵐の跡」に傍点]に立つてゐる。
たより/\いろ/\、緑平老は十八日に来庵してくれるといふ、待つてゐる、俊和尚は熊本から熊本の悪夢を思ひださせるやうに書いてよこす、困るね、リンゴは有一君の人間のよさをそのまゝ現はしてゐる。
しづかにしてなつかしく、といつたやうな気分だ、だが、私にも私としてのなやみがありなげきがある、それがだん/\「もののあはれ」といつたやうな情緒になりつつあるが。
私は俳句に対して monomania だ、それでよろしい。
Sweet solitude ! それがなくてはかういふ生活はつづけられない。
無理のない、こだはりのない、ゆつたりとしてすなほな身心が望ましい、欲しい。
米がなくなつた(銭はもとよりない)、ハガキが百枚ばかりある、それで何とかならう。
夕方やりきれなくなり、街へ出かけてハガキを酒に代へる、ハガキ酒はよかつたね、ほどよく酔うた、さるにても酒飲根性のいやしさよ。
学校の給仕さんが呼びに来た、樹明君宿直といふ、さつそくまた出かける、御馳走になつてそのまま泊る、少々飲みすぎて少々あぶなく少々寝苦しかつた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□自分の本分[#「自分の本分」に傍点]を知れ。
自分の塔[#「自分の塔」に傍点]を築きあげよ。
□あたりまへのもの、すなほなもの、ありのままのもの[#「ありのままのもの」に傍点]。
さういふものを私は尊ぶ。
□孤独《ヒトリ》はうたふ。
私の俳句はさういふうたの一つだ。
×
空談閑語[#「空談閑語」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]
十月十五日[#「十月十五日」に二重傍線] 晴。
早起帰庵、何と好い秋日和。
留守中にNさんが来たらしい、すまなかつた。
少々胃の工合がよろしくない、迎酒として昨夜の残りものを飲む、壁のつくろひはやつぱり泥だといひます!
待つもの[#「待つもの」に傍点]来ない、だいたい待つといふ気持がよろしくない、私にあつては。
洗濯、これはあまり自慢にはならない。
午後、散歩、入浴、学校に寄つて、新聞を読み米を貰うて戻る、樹明君、まことにありがたう。
夜、Nさん来訪、しばらく雑談。
割合によく眠れた。
[#ここから1字下げ]
私の一生[#「私の一生」に白三角傍点]
更年期の苦悶――老年期へ入る不安。
動揺焦燥も解消した。
老境[#「老境」に傍点]。
私の前半生はこゝに終つた、後半生はこれからである。
山頭火の真骨頂は今後に於て発揮せられ
前へ
次へ
全35ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング