たよりいろ/\うれしかつた、Nさんからハガキを頂戴した、少女のたよりは私をまじめにしてくれる。
どうかして酒から茶へ転向[#「酒から茶へ転向」に傍点]したい。
私は飲む、浴びるほど酒を呷る、それはひつきよう空虚の苦杯[#「空虚の苦杯」に傍点]なのだ。
……私は泣いた、ひとり泣いた、何故の涙であるか、私自身にも解らない、私は私自身を笑つてやる、私のオイボレセンチを笑つてくれ、笑つてくれ。
その日のその日[#「その日のその日」に傍点]がやつて来た。……
終日終夜謹慎。
夜ふけて雨、意識が水のやう。
酒が飲みたくなくなり[#「酒が飲みたくなくなり」に傍点]、飲めなくなるやうな気がする[#「飲めなくなるやうな気がする」に傍点]、それがウソかホントウかは時日が解いてくれるだらう。
何事も自然のまゝに[#「何事も自然のまゝに」に傍点]、自然そのものであれ[#「自然そのものであれ」に傍点]。
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□石の自然[#「石の自然」に傍点]を愛す。
□茶の清寂[#「茶の清寂」に傍点]を愛す。
□A rolling Stone
□自然と自己、入我特[#「特」に「マヽ」の注記]入。
[#ここで字下げ終わり]

 十月二日[#「十月二日」に二重傍線] 曇――雨。

自己省察、身辺整理、清濁明暗、沈欝。
油買ひに行く(酒買ひにあらず)、路傍のコスモスが美しかつた、秋も日に日に深うなる。
……よくならうとすればするほどわるくなる[#「よくならうとすればするほどわるくなる」に傍点]、といふよりも、わるくなればなるほどよくならうとする[#「わるくなればなるほどよくならうとする」に傍点]、……真実なる矛盾である[#「真実なる矛盾である」に傍点]。……
しばらく畑仕事をしたら、草の実がくつついた。
今夜も不眠、やたらに読書した。
風が出て月は見えなかつた。
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   ウソとホントウ
ウソらしいウソ[#「ウソらしいウソ」に傍点]はよい、ウソらしいホントウもよい。
ホントウらしいウソはよくない。
私はホントウらしいホントウ[#「ホントウらしいホントウ」に傍点]をいひたい。
[#ここで字下げ終わり]

 十月三日[#「十月三日」に二重傍線] 晴。

やうやく晴れた、今夜は月があるだらう。
野分らしく吹く。
観月会、――其中有楽。
原稿を書きつつ、自分の貧弱を痛感した。
郵便が来なかつた、さびしいことの一つ。
悔恨――哀愁――頽廃――虚無――そして――?
アルコールのない日は、酔うてゐない私は――
沈欝たへがたくなる。
待つ、待つ、待つ、――先づ敬君、それから岔水君、おくれて樹明君。
よい月でありよい酒であつた、むろんよい友である。
駅までいつしよに出かける。
さよなら、さよなら、めでたし、めでたし。

 十月四日[#「十月四日」に二重傍線] 秋晴。

昨日の今日でよい日だ。
日が照る、百舌鳥が啼く、萩がこぼれる、ほどよい風が吹く、……其中一人にして幸福だ。
胡瓜を食べる、うまい/\。
わが心[#「わが心」に傍点]、水の如し[#「水の如し」に傍点]!
貧乏有閑、呵々大笑!
待つてゐた敬君が午後来訪、よい酒を飲んでバスまで見送る。
それから飲み歩いてぼろ/\どろ/\。
ぐつすり睡れた、アルコール様々だ。
留守にNさんが来て、御馳走になりました、と書き残してある。
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灯取虫よ。
お前の最後は気の毒だつた、追うても払うてもお前はランプにぶつかつて、とうたう焼かれてしまつた。
火を慕うて火で死ぬるのがお前の性だ、「汝の性のつたなきを泣け[#「汝の性のつたなきを泣け」に傍点]」といふより外ないではないか。
灯取虫よ。
お前はお前の性に随順して亡んだ。
成仏うたがひなし、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
[#ここで字下げ終わり]

 十月五日[#「十月五日」に二重傍線] 曇。

沈欝たへがたし、昨夜の今朝だからいたしかたなし。
その日のその日のその日[#「その日のその日のその日」に傍点]がやつてきた! やつてきた!
茫々漠々、空々寂々、死か狂か、死にそこないの、この心を誰が知る!
夕方、酒が持ち来された、ほどなく樹明君来訪、しんみり飲んで別れた、よかつたよかつた。
やすらかな眠をめぐまれた。
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(五日)
・かさりこそりと虫だつたか
[#ここで字下げ終わり]

 十月六日[#「十月六日」に二重傍線] 晴――曇。

朝寝、沈静。
自己を清算せよ[#「自己を清算せよ」に傍点]、過去を放下せよ[#「過去を放下せよ」に傍点]、――それが[#「それが」に傍点]、それのみが私の生きて行く道である[#「それのみが私の生きて行く道である」に傍点]。
緑平老からの手紙はなつかしかつた、うれしかつた。
ぼんやり縁に坐つてゐる、――
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