をしかれたのかもわからない。
今後は誓つて、よい酒、うまい酒[#「うまい酒」に傍点]、恥づかしくない酒、悔ゐない酒[#「悔ゐない酒」に傍点]、――澄んでおちついた酒を飲まう、飲まなければならない。
肉体――顔は正直だ、昨日今日の私の顔は私の心そのままだ、何といふ険悪、自分ながら見るに忍びなかつた。
酒屋の小僧さんが、私の生活を心配してくれる、心配しなくつたつてよいよ、どうにかかうにか食つてはゆけます!
寒山詩[#「寒山詩」に傍点]を読む、我心似秋月[#「我心似秋月」に傍点]。……
散歩して少し労れたところで晩酌をやつたので、だいぶ身心くつろいでゐるところへ、Kさん来訪、つゞいてNさん来訪、四方山話でのんびりした。
別れてから、Nさんがしんせつにも持つてきて貸して下さつた婦人公論[#「婦人公論」に傍点]を読み散らして夜を更かした。
九月廿三日[#「九月廿三日」に二重傍線] 晴、彼岸中日。
日本晴、ピクニツク日和、まさに人生行楽の秋。
朝霧のすが/\しさ、朝の水を汲みあげると清新そのものだ。
[#ここから2字下げ]
来るか来るかと燗して待てば
あなた来ないで酒は無くなる
待つても待つても
来てくれない曼珠沙華が赤い
[#ここで字下げ終わり]
此二章を樹明君にあげる。
秋空一碧、一片の雲なし、私もあんなでありたい。
地虫しきりに鳴く、私もあんなにうたひたい。
自己を知れ[#「自己を知れ」に傍点]、此一句に私の一切は尽きる。
大毎記者Mさん来庵、ざつくばらんに話す、私のやうなものの言動が記事の一つとして役立てば、それもよからうではないか。
午後は散歩、ついでに入浴。
矢足は椿が多い、椿の里[#「椿の里」に傍点]といつてもよからう(柿の里[#「柿の里」に傍点]といつてもよいやうに)、今日もおばあさんとむすめさんとがその実をもいでゐる、絞つて油をとるために、――好ましい田園風景の一齣。
何よりも私は自制力[#「自制力」に傍点]が欲しい。
夜はやりきれなくて街へ出かけて飲んだ、泥酔した、あさましい事実だ!
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私に出来ることは二つ、たつた二つしかない――
酒を飲むこと。
句を作ること。
願はくは、
わるくない酒[#「わるくない酒」に傍点]を飲むこと。
よい句[#「よい句」に傍点]を作ること。
そしてその二つを育むものとして――
歩くこと。
読むこと。
[#ここで字下げ終わり]
九月廿四日[#「九月廿四日」に二重傍線] 秋晴。
弱者の悪、痴人の醜を痛感する。
思索、批判、統制が足らない、厚顔無恥、そして無能無力だ!
終日怏々。
愛想が尽きたか! 未練はないか!
甘えるなかれ[#「甘えるなかれ」に傍点]、甘やかすなかれ[#「甘やかすなかれ」に傍点]。
濁貧[#「濁貧」に傍点]! 矛盾地獄[#「矛盾地獄」に傍点]! 孤独餓鬼[#「孤独餓鬼」に傍点]!
流れるままに流れろ[#「流れるままに流れろ」に傍点]、なるやうになれ[#「なるやうになれ」に傍点]。
空は高い、私は弱い!
死ぬるまで生きてをれ[#「死ぬるまで生きてをれ」に傍点]!
現実の夢か、夢の現実か。
苦悩は踊る[#「苦悩は踊る」に傍点]!
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
△反省[#「反省」に傍点]、それは弱者の唯一の武器だ。
△太陽を仰いで孤独を味ふ。
△愚人、悪人、小人、狂人、――私はそのいづれぞ。
私は私の愚[#「私の愚」に傍点]を守らう、守りたい。
△疣[#「疣」に傍点]、瘤[#「瘤」に傍点]、癌[#「癌」に傍点]。
どうか社会の疣でとどまりたい、瘤になつては困る、癌にはなれまい。
[#ここで字下げ終わり]
九月廿五日[#「九月廿五日」に二重傍線] 晴――曇。
身心だいぶ落ちつく。
わがこゝろ水の如かれ、わがこゝろ空の如かれ。
午前、大毎のMさんが写真師を連れて来訪、私と庵とを写した、私といふ人間はつまらないが、萩にすすきの草屋はつまらなくはない。
庵中独坐。
曼珠沙華の花さかり、とても美しいが、その妖艶は強すぎる。
悔恨、更生、精進。……
さびしけりやうたへ[#「さびしけりやうたへ」に傍点]。
夜更けて、樹明君が酔つぱらつて転げこんだ、そして寝てしまつた、酔態あさましいものであつたが、人事ぢやない、それはまた私の姿でもあるのだ。
頭部に腫物が出来て気分がすぐれない、しかし軽い疾病は現在の私にはむしろうれしいものだ。
落ちついて睡れなかつた。
夜明けの雨となつた。
[#ここから1字下げ]
生死も真実、煩悩も真実、苦難も真実、弱さも醜さも愚かさも真実だ。
生々死々、去々来々。
矛盾そのままの調和[#「矛盾そのままの調和」に傍点]、それが本当である、人生も自然のやうに。
観照自得の境地。
割り切れない、割り切らうとあせらな
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