季節が近寄つた。
今日も酒なし、明日は米なし、いつも銭なし!
午後、ポストへ、ついでに湯屋へ。
野菊を床に、龍膽を机に飾る、これだけでも今日の私は幸福だ。
朝は晴れ、夕は曇り、夜はしめやかな雨となつた。
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自然無尽蔵[#「自然無尽蔵」に傍点]。――
観よ、観よ、観よ。
作れ、作れ、作れ。
それだけで[#「それだけで」に傍点]、私は十分だ[#「私は十分だ」に傍点]。
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十一月七日[#「十一月七日」に二重傍線] 時雨。
しぐれはまことによろし、枯れてゆく草のまことにうつくし。
あるだけの御飯を食べて、そこはかとなくそこらをかたづける。
眼鏡が合はないのか、視力が弱つて、あたりがぼうつとしてゐる。
正午の汽車で遠足で西下する魚眠洞さんに逢ふべく出かけようとしてゐるところへ、おもひがけなくTさんとMさんとが来庵、Tさんはあいかはらずやりつぱなしで、Mさんはいつものやうにおとなしい、うれしかつた、ありがたかつた、大阪に於ける旅中のあれこれをおもひだして、何となくさびしくもあつたが、ちよつと話して、すぐいつしよに駅へ出かけた、樹明君を待ちあはせて、二人でプラツトに魚眠洞さんを迎へ、そして別れた、うれしくもありかなしくもあつた。
私はTさんMさんに誘はれて湯田へ、いろ/\御馳走になりつゝ明るいうちから更けるまで歓談した、そして名残は尽きないけれど零時の汽車で見送つた。
今日はほんたうにうれしいありがたい日だつた、そしてさびしいかなしい日でもあつた。……
どうにもならないかなしさは竹原のKさんからの手紙だつた、Kさんの心情、奥さんの心情がひし/\と胸にしみいつた、Kさん、かなしいことをいはないで、早く快くなつて庵を訪ねて来て下さい、私は待つてゐます。
Tさん、そしてKさん、おかげで私は助かりました、ありがたう、ありがたう。……
何という私の弱さ、あさましさ、だらしなさ、……私は私を罵り鞭打ちつゝ泣いた。……
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婦人公論十一月号所載の、三浦環女史の自叙伝を読んで、彼女の芸術に対する情熱と自信とにうたれた。
自分の道[#「自分の道」に傍点]を精進するだけの情熱と自信[#「情熱と自信」に傍点]とはいつも持つてゐたい、万一それを失ふならば、彼が本当の芸術家であるならば、狂か死[#「狂か死」に傍点]があるばかりである。
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