そして一杯飲んで一杯食べて、おとなしく帰庵、すぐ床に入つてぐつすり睡つた、めでたし/\。
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□老いては老を楽しむ[#「老いては老を楽しむ」に傍点]。
□歯のない生活[#「歯のない生活」に傍点]。
 歯がなくなると、歯齦《ハグキ》が役立つ、手が加勢する、人生はまことに面白い。
□昨日の私[#「昨日の私」に傍点]、今日の私[#「今日の私」に傍点]、そして明日の私[#「明日の私」に傍点]、この三つの私[#「三つの私」に傍点]が矛盾して私を苦悩せしめる。
 その私[#「その私」に傍点]とは誰だ。――
[#ここで字下げ終わり]

 八月十七日[#「八月十七日」に二重傍線]

もう晴れてもよかろう、晴れていたゞきたい。……
どこかそこらで、虫が断末魔の声をあげてゐる、その声は彼が末[#「末」に傍点]後[#「後」に「マヽ」の注記]の一句[#「の一句」に傍点]だらう、私の俳句もまたそんなものだ!
今日は少々ボンヤリしてゐる、何か忘れ物でもしたやうな、物を取り落したやうな。――
すなほにしてつつましく[#「すなほにしてつつましく」に傍点]――これが私の生活態度でなければならない。
一時頃、樹明君来庵(鶏肉と酒とを持つて)、間もなくKさんも偶然来庵、鼎座して愉快に飲んだ、夕方、街まで送つて、帰途、米を買うて戻つて、炊いて食べて寝た、万歳!
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ゆうぜんとして飲み、とうぜんとして酔ふ、さういふ境涯を希ふ。
飲みでもしなければ一人ではゐられないし、飲めば出かけるし、出かけるとロクなことはない。
ひとりでしづかにおちついてゐることは出来ないのか、あはれな私ではある。
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 八月十八日[#「八月十八日」に二重傍線] めづらしく快晴。

朝寒、遠く蜩のうた、身辺整理、読書。
午後、街まで、徳利さげて!
夕方、Kさんが牛肉と酒と蚊取線香とを持つて来て飲まうといふ、飲む、食べる、歩く、唄ふ、そして帰る、Kさんは酔ふとなか/\片意地になる、SからMへまはつたゞけでやつと連れて戻つた、大出来/\、樹明君をよんだのに来なかつたのは残念/\。
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物事にこだはりさへしなければおもひわずらふことはない、放下着。
[#ここで字下げ終わり]

 八月十九日[#「八月十九日」に二重傍線] 晴。

昨夜の今朝の私
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