い
子をおもふ
・わかれて遠いおもかげが冴えかへる月あかり
・あの人も死んださうな、ふるさとの寒空
・あすは入営の挨拶してまはる椿が赤い
・おわかれの声張りあげてうたふ寒空
・ひつそり暮らせばみそさざい
・ぬけた歯を投げたところが冬草
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一月十九日[#「一月十九日」に二重傍線] 雪へ雪ふる寒さ、「寒」も変態的から本格的となつた。
今日が一番冬らしい冷たさだつた、吹く風もまさに凩。
午後、急に思ひ立つて防府へ行く、運悪くも逢ひたい人に逢へず、果したい用事も果さなかつた、たゞ宮市――生れ故郷[#「生れ故郷」に傍点]の土を踏んでライスカレーを食べて帰つた。
非常に労れた、私はぢつとして余生[#「余生」に傍点]を終る私でしかないことが解つた。
ぐつすり寝た、熟睡のありがたさ[#「熟睡のありがたさ」に傍点]、それは近頃にないうれしいめぐみだつた。
一月二十日[#「一月二十日」に二重傍線] 晴、四五日来の暗雲[#「暗雲」に傍点]がすつかり消えた。
今日はDさんSさんKさんが来庵する日である、何はなくとも火をおこし、炬燵をぬくめておかう。
友あり……と庵主の心境である。
三寒四温[#「三寒四温」に傍点]といふ、その一温といふお天気である。
街のポストまで出かけて、ついでに豆腐を買うてくる。
餅粥[#「餅粥」に傍点]はうまいな。
……Dさんはとう/\来なかつた、SさんもKさんも来なかつた、……私は待つてはゐたけれどアテにはしてゐない[#「私は待つてはゐたけれどアテにはしてゐない」に傍点](アテにしてゐるとアテがはづれたとき腹が立つ)。
来者不拒、去者不追、私は私一人で足るだけの生活情調[#「生活情調」に傍点]を持つてゐる。
今夜もようねむれるこころよさ。
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・明けてくる物みな澄んで時計ちくたく
・はなれたかげはをとことをなごの寒い月あかり
・けさの雪へ最初の足あとつけて郵便やさん
・とぼ/\もどる凩のみちがまつすぐ
ここに家してお正月の南天あかし
たまたま落葉ふむ音がすれば鮮人の屑買ひ
緑平老の愛犬ネロが行方不明となつたと知らされて二句
・冬空のどちらへいつてしまつたか
・犬も[#「犬も」に「ネロも」の注記]ゐなくなつた夫婦ぎりの冬夜のラヂオ
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一月廿一日[#「一月廿一日」に二重傍線] 曇、時雨、晴。
目白の群がおとなしく椿の花に遊んでゐる。
――あるけない、のめない、うたへない、をどれない私自身を見出すばかりだつた、――ひとりしづかに、たべて、読んで考へて、作る外ない私自身を見出すばかりだつた。――
完全に遊興気分[#「遊興気分」に傍点]から脱却した、アルコールを揚棄すること[#「アルコールを揚棄すること」に傍点]が出来た、――味はひ楽しむ時代[#「味はひ楽しむ時代」に傍点]が来たのだ。
山頭火は其中庵に[#「山頭火は其中庵に」に傍点]、其中庵の山頭火だ[#「其中庵の山頭火だ」に傍点]。
ねた、ねた、十三時間ねた。……
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・しぐれつつうつくしい草が身のまはり
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一月廿二日[#「一月廿二日」に二重傍線] 晴、身心一新、おだやかな日。
終日終夜読書。
一月廿三日[#「一月廿三日」に二重傍線] 白がいがいの雪景色。
長らくなまけてゐた、けふからいよいよ勉強する。
雪へ雪のかゞやき、清浄かぎりなし。
庵中独臥、読書三昧。
今日もおだやかな一日だつた、日々好日の境地へはまだ達してゐないけれど、日々が悪日でない境涯[#「日々が悪日でない境涯」に傍点]ではあると思ふ。
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・雪のしたゝる水くんできてけふのお粥
・春の雪ふる草のいよいよしづか
・わらや雪とくる音のいちにち
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一月廿四日[#「一月廿四日」に二重傍線] 晴、寒、曇。
三日ぶりに街へ出かけた(人と話したも三日ぶり)、そして酒と米と餅と豆腐とを買うてきた。
雪がふれば雪見酒、酒がなければ読書、炬燵と餅とはいつでもある、――これが私の冬ごもり情調だ。
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・寒[#(ン)]空のとゞろけばとほくより飛行機
・爆音、まつしぐらに凩をついて一機
・飛行機がとんできていつて冴えかへる空
・けふもよい日の、こごめ餅こんがりふくれた
戯作一首
世の中に餅ほどうまいものはない
すいもあまいも噛みしめる味
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一月廿五日[#「一月廿五日」に二重傍線] 霜晴れ、のどかな日かげ。
午前、街へ出かけて、払へるだけ払ひ、買へる物だけ買ふ。
午後、また出かけて駅までゆく、いろ/\の用事を思ひだして山口へ、そして鈴木さんを訪ねる、頼む事は頼んで、御馳走を頂戴した、
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