りなく私も生きてゐる
・しぐるゝや耕すやだまつて一人
   周二君を小郡駅に見送るプラットホームにて
 窓が人がみんなうごいてさようなら
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 一月十三日[#「一月十三日」に二重傍線] 晴れて風吹く。

冷たくて「寒」らしい、冬は寒いのがほんたうだ。
酒と豆腐[#「酒と豆腐」に傍点]とがあつて幸福である。
樹明君来庵。
いつしよに出かけてSさんを訪ねる、御馳走になる、それから三人連れで歩く、コーヒー、ビフテキ、コリントゲーム、等、等、等。
ほどよく別れて帰庵。
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・家があれば菰あむ音のあたゝかな日ざし
・雑草ぽか/\せなかの太陽
・日向ぬく/\と鶏をむしつてゐる
 夕日のお地蔵さまの目鼻はつきり
 水に夕日のゆらめくかげは
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 一月十四日[#「一月十四日」に二重傍線] 晴――曇――雨。

うれしいたより、これあるがゆえに私も生きてゆける。
昨夜の食べすぎ飲みすぎで今日一日苦しんだ、やつぱりつゝしむべきは口である。
つゝましく生活せよ、私の幸福はそこにある。

 一月十五日[#「一月十五日」に二重傍線] 雨、曇。

終日終夜、読書思索。
深夜の来庵者があつた、酔樹明君とI君、どこへいつても相手にされないのでやつてきたといふわけ、管を巻くことはやめにして寝てもらつた!

 一月十六日[#「一月十六日」に二重傍線] 曇、初雪。

早朝、樹明君がしほ/\としてかへつてゆく、酔つぱらつた人間もみじめだが、酔ひざめの人間はさらにみじめだ!
うれしいたより、井師から麻布の佃煮を頂戴した、さつそく昨夜の酒を燗して、雪見酒[#「雪見酒」に傍点]といふ贅沢さ、酒もうまかつたが、佃煮はとてもおいしかつた。
佃煮といふものは日本的情趣[#「日本的情趣」に傍点]がある。
近頃の私は飲むこと[#「飲むこと」に傍点]よりも食べること[#「食べること」に傍点]に傾いてゐる。
小米餅が見つかつたのでさつそく買つた、まづしい田園味[#「まづしい田園味」に傍点]だ。
久しぶりに入浴、しづかなるかな身も心も。
此頃は巻煙草よりも刻煙草が好きになつた、しかもなでしこ[#「なでしこ」に傍点]のどろくさいのが!
炬燵で読んだり考へたりしてゐるうちに、いつしか夜が明けてしまつた。……
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・芽麦あたゝかなここにも家が建つ
・麦田うつ背の子が泣けば泣くままに
 暮れてひつそり雪あかり月あかり
・月がうらへかたむけば竹のかげ
・雪ふる食べる物もらうてもどる
   農村風景の一つ
・梅がさかりで入営旗へんぽんとしてひつそりとして
   悪友善友に
 わかれてひとり、空のどこかに冷たい眼
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 一月十七日[#「一月十七日」に二重傍線] 雪がうつくしい、ふつてはきえる。

朝早くから今日も雪見酒、もつたいない仕合せである。
雪のふりしきる中を街のポストまで。
今日の買物は――餅、うどん、パン、いなり鮓!
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   ぐうたら手記
□佃煮と老境と日本的なもの[#「日本的なもの」に傍点]。
□豚の生活、食べて、そして食べられるだけ!
□写生[#「写生」に傍点]――文字通りに――イノチヲウツス[#「イノチヲウツス」に傍点]。
□忌花の話[#「忌花の話」に傍点]。
※[#二重四角、265−2]何よりも不自然[#「不自然」に傍点]がよくない、いひかへれば生活に無理[#「無理」に傍点]があつてはいけない、無理があるから不快[#「不快」に傍点]があり、不安[#「不安」に傍点]があるのである。
□買ひかぶられるきまりのわるさよりも、見下げられる安らかさ。
※[#二重四角、265−5]将棋の名手は含み[#「含み」に傍点]といふことをいふ、一手は百手二百手を含んでゐるのである、また、千石二千石の水からしたゝる一滴[#「一滴」に傍点]は力強いものを持つてゐる、そのやうに一句は全生活全人格からにじみでたもの[#「一句は全生活全人格からにじみでたもの」に傍点]でなければならない。
※[#二重四角、265−8]私の一句一句は私の一歩一歩である、一句は一歩踏みゆく表現である。
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 一月十八日[#「一月十八日」に二重傍線] 晴、ちらほら小雪がふつて冷たい。

あれば食べすぎる下司根性[#「下司根性」に傍点]が恥づかしい! どうやら餅を食べすぎたらしいので今日はパン。
呪はれた枇杷の木、それがいつのまにやら枯れた! さびしい。
夜を徹して句作推敲……。
明日は入営の別宴の唄声がおそくまできこえた。
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・雪もよひ雪となつた変電所の直角形(改作)
・おもひでがそれからそれへ晩酌一本
・雪あかりのしづけさの誰もこないでよろし
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