時として涙がでても汗がながれても。
噛みしめて味ふ、こだはりなく遊ぶ。
ゆたかに、のびやかに、すなほに。
さびしけれどもあたたかに。――(序に代へて)
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 四月一日[#「四月一日」に二重傍線] 晴、April fool といはれる日。

人生といふものは、結果から観ると、April fool みたいなことが多からう。
友情に甘えるな[#「友情に甘えるな」に傍点]、自分を甘やかすな[#「自分を甘やかすな」に傍点]。
天地明朗、身心清澄。
午後、近郊を散歩する、出かけるとき何の気もなくステツキ、いやステツキといつてはいけない、杖をついたのである、山頭火も老いたるかなと思へば微苦笑物だ。
まだ風は寒いので、四時間ばかり山から野をぶらついて、途中、一杯ひつかけて戻つた。
旧街道の松並木が伐り倒されてゐる、往来の邪魔になるからだらうけれど、いたましく感じた。
酒はどうしてもやめられないから飲む、飲めば飲みすぎる、そして酒乱[#「酒乱」に傍点]になる、だらしなくなる、一種のマニヤだ、つつしまなければならないなどと考へてゐるうちに、ぐつすりとねむつた。

 四月二日[#「四月二日」に二重傍線] 晴、春風しゆう/\。

ありがたいかな、うれしいかな、たよりを貰ひ、たよりをあげる。
善哉々々、鰯で一杯。
大山君に信州のそば粉と浜松の納豆をお裾分けする、かういふ到来物は私一人で私すべきものではない、みんないつしよにその友情を味ふべきである、大山君はそれを味うてくれる人、味ふに値する人だ。
何よりもわざとらしいこと[#「わざとらしいこと」に傍点]はいけない、私たちは動物的興奮[#「動物的興奮」に傍点]を捨てゝ自然的平静[#「自然的平静」に傍点]を持してゐなければいけない、しかし、……
水のやうに[#「水のやうに」に傍点]、水の流れるやうに[#「水の流れるやうに」に傍点]。
すぽりと過去をぬいだ[#「すぽりと過去をぬいだ」に傍点]、未来を忘れた[#「未来を忘れた」に傍点]、今日のここ[#「今日のここ」に傍点]、この身のこのまま極楽浄土だ[#「この身のこのまま極楽浄土だ」に傍点]。
ナムカラタンノウトラヤヤ。……
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・藪かげ椿いちりんの赤さ
・いつも貧乏でふきのとうやたらに出てくる
 引越して来て木蓮咲いた
・ゆらぐ枝の芽ぶかうとして
・水音の山ざくら散るばかり
   出征兵士の家
・日の丸がへんぽんと咲いてゐるもの
   松並木よ
 伐り倒されて松並木は子供らを遊ばせて
   改作
 花ぐもりの、ぬけさうな歯のぬけないなやみ
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 四月三日[#「四月三日」に二重傍線] 花見日和。

小鳥がとてもよく啼く、四十雀がとくに浮調子で啼いてゐる、恋の唄だ!
緑平老へ愚痴をいはせて貰ふ。――
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……私は此頃痛切に世のあぢきなさ身のやるせなさを感じます、それはオイボレセンチに過ぎないとばかりいつてしまへないものがあります。……
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十二時のサイレンが鳴つて間もなく樹明君来庵、まづ一杯、ほろ/\として山を歩く、そして公園へ下りる、そこここ花見の酒宴が開かれてゐる、私たちも草にすわつて花見をする、ビール三本、酒一本、辨当一つ、――それで十分だつた、おとなしく別れる、私はすぐ帰庵して、お茶漬を食べて寝た。
今日の樹明君はよかつた、彼にくらべて私は私の心を恥ぢた、どうも酒に敗ける、酔ふとぢつとしてゐられなくなる、そして、……今日はわるくなかつたが。
人生はリズミカルに、大井川は流れ渡りだ。
花見辨当をたべてゐるうちに、ほろりと歯がぬけた、ぬけさうな歯であり、ぬければよいと考へてゐた歯であつた、何だかさつぱりした。
ぬけさうでぬけなかつた歯がぬけた、これだけでも解脱の気分[#「解脱の気分」に傍点]を味ふことが出来た。
自己検討[#「自己検討」に傍点]、愚劣を発見するばかりであるが、その愚劣が近来やゝ自在[#「自在」に傍点]になつたことはうれしいと思ふ。
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   ぐうたら手記
□私はうたふ、自然を通して私を[#「自然を通して私を」に傍点]うたふ。
□私の句は私の微笑[#「微笑」に傍点]である、時として苦笑めいたものがないでもあるまいが。
□くりかえしていふ、私の行く道は『此一筋』の外にはないのである。
□俳句性を一言でつくせば、ぐつと掴んでぱつと放つ[#「ぐつと掴んでぱつと放つ」に傍点]、といふところにあると思ふ。
□私の傾能[#「能」に「マヽ」の注記]は老境に入るにしたがつて、色の世界[#「色の世界」に傍点]から音の世界[#「音の世界」に傍点]――声の世界[#「声の世界」に傍点]へはいつてゆく。
□俳句のリズムは、は
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