アイスキヤンデーの旗
・人のつとめは果したくらしの、いちじくたくさんならせてゐる
 いちめんの稲穂波だつお祭の鐘がきこえる
 厄日あとさきの雲のゆききの、塵芥《ゴミ》をたくけむり
[#ここで字下げ終わり]

 九月十三日[#「九月十三日」に二重傍線] 晴、曇、雨。

少々頭が重い、胃も悪い、昨夜の今朝[#「昨夜の今朝」に傍点]だから仕方がない、やめておくれよコツプ酒だけは、――と自分で自分にいひきかせて微苦笑する。
山の先生か、山の鴉か、これも微苦笑物だ。
夕立がさつときて気持を一新してくれた、涼風といふよりも冷気が身にしみる。
新秋の風物は、木も草も山も空も人もすが/\しい。
今月に入つてから初めて生魚を買ふ、雑魚十銭(先月は一度塩鱒の切身を十一銭で買つたゞけだつた)。
障子をあけてはゐられないほど秋風が吹く、蓮の葉の裏返つた色にも秋の思ひが濃くゆらぐ。
前のWさんから鶏頭数株を貰つてきて、前庭のこゝそこに植ゑる、こゝにも秋が色濃くあらはれるだらう。
夜おそく、酔樹明君がやつてきた、煙草二三服吸うて帰つていつた、君の心持は解る、酒を飲まずにはゐられない心持、飲めば酔はずにはゐられない心持、そして酔へば乱れずにはゐない心持――その心持は解りすぎるほど解る、それだけ私は君を悲しく思ひ、みじめに感じる。
有仏処勿住[#「有仏処勿住」に傍点]、無仏処走過[#「無仏処走過」に傍点]、である、樹明君。
[#ここから2字下げ]
・わかれて遠い瞳が夜あけの明星
・草ふかく韮が咲いてゐるつつましい花
 植ゑるより蜂が蝶々がきてとまる花
・日向ぼつこは蝿もとんぼもみんないつしよに
・更けると澄みわたる月の狐鳴く
・朝月あかるい水で米とぐ
[#ここで字下げ終わり]

 九月十四日[#「九月十四日」に二重傍線] 曇、ひやゝか。

朝は大急ぎで、原稿を書きあげて、層雲社へ送つた、駅のポストまで行つた。
尻からげ[#「尻からげ」に傍点]! 私はいつからとなく、尻からげする癖を持つやうになつた、尻をからげることはよろしい、尻をまくること[#「尻をまくること」に傍点]はよろしくないが。
曼珠沙華を机上に活ける、うつくしいことはうつくしいけれど、何だか妖婦に対してゐるやうな。
午後は近郊散策、これからはぶらりぶらりとあてなく歩くのが楽しみだ。
今明日は上郷八幡宮の御祭礼、明日明後日はまた中領八幡様
前へ 次へ
全93ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング