帰途湯田で入浴、温泉にひたつてゐる心持は徃生安楽国だ!
帰庵したのは十時だつた、労れた、々々々。
留守中に来客があつた、酒と肴を持つて来て、そして飲んでも食べても待ちきれなかつたらしい、――彼は樹明君でなければならない、――机上のノートには何のかのと書き残してあつた。
私は此頃めつきり衰弱して、半病人の生活[#「半病人の生活」に傍点]をしてゐる、そしてさういふ生活が私をしてほんたうの私[#「ほんたうの私」に傍点]たらしめてくれる!
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・かあとなけばかあとこたへて小春日のからすども
・夜あけの風のしづもればつもつてゐる雪
・見あげて飛行機のゆくへの見えなくなるまで
 たたへて凍つてゐる雲かげ
・あたたかなれば木かげ人かげ
・枯草へ煙のかげの濃くうすく
・わかいめをとでならんでできる麦ふむ仕事
・竹の葉のいちはやく音たてて霰
   改作二句
・木枯は鳴りつのる変電所の直角線
・しんみりする日の、草のかげ
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 一月廿六日[#「一月廿六日」に二重傍線] 雪もよひ、小雪ちらほら。

酒があるから酒を飲む、朝酒はうまい。
青海苔の風味[#「青海苔の風味」に傍点]をよろこぶ。
午後、樹明徃訪、そして来訪、あつさり飲んでめでたく別れる、――人生はうすみどり[#「うすみどり」に傍点]こそよけれ、だ。
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   ぐうたら手記
□自然と自我との一如境、無為安楽[#「無為安楽」に傍点]の老境。
□自己省察――自己精進――自己超克[#「自己超克」に傍点]。
□酒は高い、本は安い、酔うて軽く持つて重い、酒はうまくて本はおもしろいことはあまりに明白。
□あかるい、あたゝかい日ざし、それを浴びて味うてゐるだけでも、生きてゐることの幸福を感じる。
□雑草の心[#「雑草の心」に傍点]、それを私はうたひたい。
□個性と自我[#「個性と自我」に傍点]、個性は全のあらはれとしての個、自我は我慾の結晶、芸術に於て、個性は表現されなければならないが、自我に執着してはならない。
[#ここで字下げ終わり]

 一月廿七日[#「一月廿七日」に二重傍線] 晴、そして曇。

……待つてゐる[#「待つてゐる」に傍点]……何を……待つてゐる……まづ郵便[#「郵便」に傍点]を……そして……友人を。……
偉大一升借りる、鰯十尾買ふ。
午後、樹
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