れでもやつぱり待つてゐたので、失望した、そして淋しかつた、といつても仕方はないが。
東北地方凶作の惨状は人から聞いたり新聞で読んで察してはゐたけれど、今朝、新潟の金井さんからの手紙で、直接知らされて、その窮境はまことにいたましいと思つた、そして自分を省みて、勿体ないと感じないではゐられなかつた、私は私としてあまり幸福である、私は幸福すぎるではないか。……
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・うらゝかにしてすがれた花にとまるてふちよも
母子《オヤコ》で藷掘る暮れ早い百舌鳥の啼く
・うらゝかなれば一羽鴉のきてなけば
日あたり水仙もう芽ぶいたか
・ことしもこゝに落葉しておなじ蓑虫
白船君に
あなたを待つてゐる火のよう燃える
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十一月廿四日[#「十一月廿四日」に二重傍線] けふもうらゝかな日。
朝から裏山でポン々々鉄砲を打つ音がする、せつかく小鳥は楽しく啼きかはして遊んでゐるのに。
うれしいたよりいろ/\、ことにK子さんのそれはうれしかつた、ありがたかつた、もつたいなかつた。
――かうしてゐて、こんなにされてゐて、よいものだらうか――この疑問が事にふれ折にふれて私を苦しめる、苦しむだけで、どうにもならない私ではあるけれど。――
あまりお天気がよいので、小遣も少々あるので、買物がてらふさぎの虫[#「ふさぎの虫」に傍点]を湯田の温泉に洗ひ流すつもりで出かける、ぽか/\とぬくすぎる小春日和である。
山がうつくしい、なだらかに波うつて雑木が紅葉してゐる、山口へ近づくにしたがつて、山なみに含蓄[#「含蓄」に傍点]がある、糸米あたりの山は殊によろしい、路傍の石に腰かけて飽かず眺め入つた。
買物いろ/\、小鍋、削節、なでしこ(これはやうやくその大袋を八木デパートで見つけた)、そして古本。
温泉はほんとによい、湯上りのよい気持で、例の安い安い定食で二本飲んで、七時の汽車で帰庵、めでたしめでたしであつた。
△いつ死んでもよいやうに身心をかたづけておけ[#「いつ死んでもよいやうに身心をかたづけておけ」に傍点]。
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・あたたかく折れるほど枝の柿が赤い
・山に山がもみづるところ放たれた馬
・ちよいと茶店があつて空瓶に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]した菊
・もどつてうち[#「うち」に傍点]がよろしい月がのぼつた(帰庵)
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十一月廿五日[#「十一月廿五日」に二重傍線] 曇、雨となる。
誰か来さうな。……
うすら寒い、火鉢を抱いて漫読。
麦飯と松葉薬とが(消極的には酒を飲まずにゐたことが)胃の工合をほどよくしてくれた、こゝに改めてお百姓さんと源三郎君とに感謝を捧げる。
御飯を炊いてゐるところへ、ひよこりと樹明君、要件を持つて山口へ出かけるから、いつしよに行かうといふ、もう誰も来さうにないし、歩くのは好きだし、二人ではアブナイと思はないではなかつたが、一時の汽車で出かける、要件をすまして、周二居に誘はれて罷り出る、いろ/\御馳走を戴いた、酒もうんと戴いたことはいふまでもない、暮れてお暇乞する、さてそれからが例によつて例の如しだつた、遺憾なく梯子酒根性を発揮した、……カフヱーからカフヱーへ、おでんやから、おでんやへ、車動車から自動車へ、……どしやぶりの中を山口から小郡まで飲みあるいた、あまり銭は費はなかつたけれど、飲んだね、たしかに飲んだね……それでもTちやんに送られて、恙なく、ひよろ/\と帰庵した、一時を過ぎてゐたらう。
樹明君に銭を費はせたのは、Tちやんに後始末をさせたのは気の毒だつた、こらえて下さい。
久しぶりの酒だつた、めづらしい梯子酒だつた、暫らくは飲むまい、飲みたくもない。
今日の珍談は、湯田で大行司の御神酒を頂戴したことだつた、コツプ酒一杯、串肴一本。
周二君のよさがよく解つた、あの純真がいつまでも失はれないやうに、世間の荒んだ空気があの家庭にはいらないことを祈る。
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櫨がまつかで落葉をふんでちかづく音で
偶作
ストーブもえる彼女は人妻
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│山行水行 │
│ 雑草の中 │
│ともかくも生かされてはゐる雑草の中 │
│ 旅から旅へ │
│燕とびかふ旅から旅へ草鞋をはく │
└────────────────────┘
バスがまがつてゆれて明るいポスト
線がまつすぐにこゝにあつまる変電所の直角形
┌────────────┐
│ 改作 │
│ 山あれば山を観る │
│ 雨の日は雨を聴く │
│ 春、夏、秋、冬 │
│ あしたもよろし │
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