啼く。
秋もをはりの冬ちかしといふ感じ。
身心の調子よろし。
△裏の菜畑は私の花園だ[#「裏の菜畑は私の花園だ」に傍点]。
△物を粗末にするな、大根のしつぽでも大切にせよ、物を殺すな、たとへ木切でも生かして使へ。
物を生かしてゆくところに生活の味[#「生活の味」に傍点]がある。
よいお天気になつた、宮市の天神祭万歳だ、よし、私も参詣しよう。
一時の汽車で出かける、宮市はお祭気分があふれてゐる。
そこの一木一石みなおもひでの種だ、宮市は私の故郷の故郷[#「故郷の故郷」に傍点]である。
裸坊――それは天神祭独特の、宮市名物――が右徃左徃する、しかし昔ほど盛んでない。
粟の岩[#「岩」に「マヽ」の注記]、焼栗、メリヤス、うどんそば、密[#「密」に「マヽ」の注記]柑、等々の店の間を人にもまれて歩く、天満宮に参拝して、いろ/\の見世物小屋の間をくゞつて、お山で休む、酒垂山は天然の公園だ、一歩一歩に少年時代の夢がよみがへる、あゝ時は過ぎ行く、過去はなつかしい、あの頃の私は……
霊台寺に詣でる、山茶花がうつくしい、饅頭を買うて食べる、これも少年時代の私をおもひださせる。
新橋の方へ行く、途中、大行司小行司の行列を観た、さびしい行列になつたものだと思ふ。
佐波川は昔ながらに流れてゐる。……
さけとさしみとすしとで四十四銭、腹いつぱいになつた、感慨無量で胸いつぱいだ。
再び街へ、人ごみの中へ。
労れた、労れた、とても御神幸までは待ち切れないので、八時の汽車で帰つてきた。
この世にこの庵ほどよいところはない[#「この世にこの庵ほどよいところはない」に傍点]、――これが今日のをはりの感想だつた。
ぐつたりしてぐつすり寝た、極楽々々浄土々々!
山手閑居の場[#「山手閑居の場」に傍点]、私の現在はかういつた様子。
胃の工合がよくなつて酒が少し飲めるやうになつた、そして晩酌は壱本にきまつた[#「晩酌は壱本にきまつた」に傍点](きめたのではない)。
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小春ぶらぶらと卒塔婆を持つてゐる女
刈田はれ/″\蓼の赤けれ
・あひびきまでは時間があるコリントゲーム
お祭の人ごみをぬけて枯草山
・おまつりの桜紅葉のしづけさはある
桜紅葉の残つた葉の赤さ
・落ちる陽をうかべて水のながれゆく
・枯草へながう影ひいてふるさとの
・濁酒あほることもふるさとはおまつり
・日の落ちる方へ水のながれる方へふるさとをあゆむ
[#ここで字下げ終わり]
十一月廿二日[#「十一月廿二日」に二重傍線] 曇つて寒い、雪でもふりだしさうな。
炬燵の用意はよろしいか。
△枯れてゆく草のうつくしさよ。
久しぶりに――十日ぶりに入浴。
裏の林でひよどりがしきりに啼きかはします。
シヤツがあたゝかい、黙壺君ありがたう、トンビがあたゝかい、井上さんありがたう、また冬がまはつてきて、感謝を新たにする。
ほんにしづかだなあ――と、今更のやうに今夜も感じたことである。
米と酒[#「米と酒」に傍点]、むろん米の方が大切だ、しかし私は金が手にはいると、何よりもまづ酒を買つた、それが此頃はどうだらう、第一に米、そして味噌、そして炭、第二第三として酒を買ふのである。
飯のうまさ[#「飯のうまさ」に傍点]、それは水のうまさ[#「水のうまさ」に傍点]とおなじだ、淡々として、そして滋々として尽きることのない味[#「尽きることのない味」に傍点]である。
△……酒はどうでもよくなつた、句はやらずにはゐられない……たゞ此一筋につながる[#「たゞ此一筋につながる」に傍点]、……私は此一筋をたどりつゝある、此一筋をたどるより外に私の生きる道はないのである。
△道を楽しむ[#「道を楽しむ」に傍点]――俳句道の根本はこゝにある、句作と鑑賞と、物と心と、彼と我と、渾然として一枚になつた境地である。
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・寒う曇ればみそさゞいが身のまはり
・大根あんなに土からおどりでてふとく
・早う寝るとして寒い薬を掌《テ》に
・ゆふべあかるくいろづいてきて柚子のありどころ
[#ここで字下げ終わり]
十一月廿三日[#「十一月廿三日」に二重傍線] 天地清明、澄んでうらゝかである。
白船君が山口行の途次、寄るかも知れないといふハガキを寄越したので、新菊を採り、ほうれん草を茹で、鰹節を削り、……そしてうどん玉を買ひに街へ出かけた。
身心脱落只真実[#「身心脱落只真実」に傍点]、私も、良寛和尚に頭を下げる。
午後、樹明君来庵、ぼうばくとしてゐる、かういふ情態にある彼を救ふものは、恐らくは、疾病しかないであらう、悲しい人間現実の一相である、すすめて休ませた、高鼾で寝たのはよかつた。
白船老はとう/\来てくれなかつた、「かも知れん」程度しか待たないつもりだつたけれど(あまり当にして当が外れると失望が大きい)、そ
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