嫌なものが好きになつたり。
樹明君から古いゴムの長靴を貰つて、それを穿いて、ぼとり/\と街へ出かける、端書と石油と、そして年越そばを買うて戻る。
午後、敬治君来庵、餅を貰ふ、餅ほどうまいものはないと思ふ、日本人と餅[#「日本人と餅」に傍点]!
二人で一杯やつて、炬燵でしめやかに話す、かはればかはる二人であつた。
後からまた来ます、帰つて子供の世話をして来ませう、ゆつくりこゝで年を送り年を迎へませうといつて敬治君は帰つていつたが、それきり来なかつた、私はひとりしづかに読書しつつ除夜の鐘の鳴るのを待つた。……
私は期待しない、明日よりも今日である、昨日よりも今日である、今の今[#「今の今」に傍点]、これのこれが一切だ[#「これのこれが一切だ」に傍点]。
□今日、或る店でハガキ二十枚買つたら、息子が間違つて二十一枚くれた、当然その一枚は返した、そして私は愉快だつた、それは――
小さな善を行つたといふよろこびでもある、受取つてはならないものを返したといふ快さでもある、しかし――
私は偶然を願望しない[#「私は偶然を願望しない」に傍点](幸も不幸も)、人生には偶然らしいものがありがちだけれど、私は偶然を受取らない、人間の生活は当然に向つて進展しつつある[#「人間の生活は当然に向つて進展しつつある」に傍点]、あらねばならない[#「あらねばならない」に傍点]、必然を受納する[#「必然を受納する」に傍点]、しなければならない[#「しなければならない」に傍点]。
除夜の鐘が鳴りだした、私は焼香念誦した、あゝありがたい年越ではある。
[#天から2字下げ]・昭和九年もこれぎりのカレンダー一枚
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『最後の晩餐』
[#天から3字下げ]一家没落時代の父を想ひ祖母を想ふ。
底本:「山頭火全集 第六巻」春陽堂書店
1987(昭和62)年1月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年7月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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