ながれる方へふるさとをあゆむ
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 十一月廿二日[#「十一月廿二日」に二重傍線] 曇つて寒い、雪でもふりだしさうな。

炬燵の用意はよろしいか。
△枯れてゆく草のうつくしさよ。
久しぶりに――十日ぶりに入浴。
裏の林でひよどりがしきりに啼きかはします。
シヤツがあたゝかい、黙壺君ありがたう、トンビがあたゝかい、井上さんありがたう、また冬がまはつてきて、感謝を新たにする。
ほんにしづかだなあ――と、今更のやうに今夜も感じたことである。
米と酒[#「米と酒」に傍点]、むろん米の方が大切だ、しかし私は金が手にはいると、何よりもまづ酒を買つた、それが此頃はどうだらう、第一に米、そして味噌、そして炭、第二第三として酒を買ふのである。
飯のうまさ[#「飯のうまさ」に傍点]、それは水のうまさ[#「水のうまさ」に傍点]とおなじだ、淡々として、そして滋々として尽きることのない味[#「尽きることのない味」に傍点]である。
△……酒はどうでもよくなつた、句はやらずにはゐられない……たゞ此一筋につながる[#「たゞ此一筋につながる」に傍点]、……私は此一筋をたどりつゝある、此一筋をたどるより外に私の生きる道はないのである。
△道を楽しむ[#「道を楽しむ」に傍点]――俳句道の根本はこゝにある、句作と鑑賞と、物と心と、彼と我と、渾然として一枚になつた境地である。
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・寒う曇ればみそさゞいが身のまはり
・大根あんなに土からおどりでてふとく
・早う寝るとして寒い薬を掌《テ》に
・ゆふべあかるくいろづいてきて柚子のありどころ
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 十一月廿三日[#「十一月廿三日」に二重傍線] 天地清明、澄んでうらゝかである。

白船君が山口行の途次、寄るかも知れないといふハガキを寄越したので、新菊を採り、ほうれん草を茹で、鰹節を削り、……そしてうどん玉を買ひに街へ出かけた。
身心脱落只真実[#「身心脱落只真実」に傍点]、私も、良寛和尚に頭を下げる。
午後、樹明君来庵、ぼうばくとしてゐる、かういふ情態にある彼を救ふものは、恐らくは、疾病しかないであらう、悲しい人間現実の一相である、すすめて休ませた、高鼾で寝たのはよかつた。
白船老はとう/\来てくれなかつた、「かも知れん」程度しか待たないつもりだつたけれど(あまり当にして当が外れると失望が大きい)、そ
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