、ただ筋肉労働として行乞しなければ現代の情勢では食つてゆけないのです。
すべてが生存――生活とはいへませんね――のあえぎです、私が行乞を行商にふりかへようとするのも、封建的遺習乃至資本主義社会の崩壊過程を暗示してゐますね。……
[#ここで字下げ終わり]
Sも自分を持てあまして、あちらへごろり、こちらへごろりしてゐる、私は自分をもSをも持てあましてゐる。
今日から麦飯[#「今日から麦飯」に傍点]、それは経済的でなくて保健的意義からである、食べすぎる[#「食べすぎる」に傍点]、うまいものを食べたがる[#「うまいものを食べたがる」に傍点]、――それがいけない、弊□は不足から来ないで十分以上から来る。
どうしても眠れない、頭脳が痛む、ああ。

 十月一日[#「十月一日」に二重傍線]

曇、晴れて秋、そして秋風秋雨。
柿買爺さんがやつてきていろ/\話す。
○「質よりも量」から「量よりも質」へ転向しつつある私、それは自然であり真実だ。
[#ここから4字下げ]
『私はうたふ』
[#ここで字下げ終わり]

 十月二日[#「十月二日」に二重傍線]

肌寒くなつた、昨夜はよく眠れた、有難かつた。
今朝もSの卑怯な態度に腹が立つた、そしてすぐまた、あはれみいたはるのだつた。
方々から色々のたより、しみ/″\ありがたいと思ふ、とりわけてKのはかなしくもうれしい手紙[#「かなしくもうれしい手紙」に傍点]だつた!
断ちがたい執着、捨てきれない煩悩、愛憎好悪のいづれもの人生の姿であり人間の力ではないか。
払ふ、払へるだけ、そして買ふ、買へるだけ。
Sはぢやれる、私はふさぐ、犬と人とは。――
私の好きな、そして其中庵にふさわしい茶の花がもう咲きだしました、私は旅のおもひでにふけります、そして旅へ出たい、出なければならないと思ひます。
さびしさうな、かなしさうでもあるSを見よ、やりきれないではないか!
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・おもてもうらもやたらに糸瓜がむだばなつけて
・なつめはみんなうれておちて秋空
・つるべしたたるぽつちり咲いてゐるげんのしようこ
・秋の雨ふるサイレンのリズム
・藪風、逢ひたうてならない
・別れて遠い顔がほろ/\落葉して
・質のいれかへも秋ふかうなつた
・柿の木のむかうから月が柿の木のうへ
[#ここで字下げ終わり]

 十月三日[#「十月三日」に二重傍線]

三時に眼が覚めて四
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