・ゆふ風によみがへり草も虫も
・暮れると出てくる油虫だけ
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 七月十八日[#「七月十八日」に二重傍線]

曇、朝から暑い、よその夕立。
彼は子を負うて田の草をとつてゐる。
豚小屋の豚を見るとき、嫌厭と憐愍とにうたれる。
彼の結婚について考へる、……私は。……
また一杯、サケ一杯では酒屋の前を素通りした位にしか感じないから、シヨウチユウにした、――破戒の破戒だ。
学校に樹明君を訪ねる、別状なし、どちらも酒が飲みたい顔色をしてゐたらう!
私のでかい胃の腑よ、呪はれてあれ、でかすぎる。
久しぶりに入浴、そして顔剃。
めづらしく犬がきた、猫もきた、鼠もきてゐるらしい。
夕暮、すこしセンチになつた、白髪のセンチメンタリストか。
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・ひでりつづきの踊大[#「大」に「マヽ」の注記]皷の遠く近く
・風鈴すずしい雑草青い朝がきた
・いつまで降らない蕗の葉もやぶれ
・ぎいすはらめばはひあるくひでりばたけ
・百合咲けばお地蔵さまにも百合の花
   酒中酒尽
・よい酒だつた草に寝ころぶ(末後の一句)
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 七月十九日[#「七月十九日」に二重傍線]

曇、思はせぶりなお天気ではある。
△裸礼讃[#「裸礼讃」に傍点]、むろん私は朝からハダカだ、お客にもすぐハダカになつてもらう、ハダカは其中風景のありがたい一景だ。
△感覚的なものが最も現実的である、だから、食慾と色慾とが生活の根本動力であり、ニヒリストが官能に走る所以である。
気分に[#「に」に「マヽ」の注記]沈静になつてくる、あまり好もしい状態ではない。
△今日の、招かないお客さんとして、とんぼ、とかげ、蜂、蠅、かまきり、きりぎりす、そしてあぶら虫は嫌な食客である。
何と糸瓜と糸瓜とが握手してゐる、その蔓が蔓にからんでござるのだ。
今夜も不眠苦[#「不眠苦」に傍点]、不眠は生理的には勿論、心理的にも、道徳的[#「道徳的」に傍点]にさへもよろしくない。
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・胡瓜ばかりたべる胡瓜なんぼでもふとる
・炎天落ちる葉のいちまい
 炎天、がつがつ食べるは豚
 青田のなかの蓮の華のひらいた
・汲みあげた芥がおよげばいもりの子かよ
・バケツの水もゆたかにいもりの子はおよぐ
・からむものがない糸瓜が糸瓜に
・食べる物がない夜中のあぶら虫でやつてきた
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 七月二十日[#「七月二十日」に二重傍線]

曇、――后晴か! と思つてゐたら降りだした!
△垣根から白い花[#「白い花」に傍点]が咲いてゐた、私はぢつと眺めてゐたが、たまらなくなつて、一枝下さいといつたら、若い妻君が、さあどうぞといつてナイフまで持つてきてくれた、彼女はおなじく白い花だつた。(白木槿の花)
彼のハズは幸福だらう、幸福でなくちやならない。
△一切は死に対する心がまへ、死についての身じまひではなからうか、もとより生や生の全機現[#「現」に「マヽ」の注記]、死や死の全機現ではあるが。
△うまい句とよい句[#「うまい句とよい句」に傍点]、――これが解らなければダメだ、私としてはうまい句を望まない、よい句を作りたい、それは真実の句[#「真実の句」に傍点]だ。
どうにもやりきれなくなつて、あの店この店とヤケで二三杯飲み歩いた、もしも人生に、いや私に酒といふものがなかつたら!
とにもかくにもよい雨だつた。
ねむれた、十時から五時まで、夢が夢につゞいたが。
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・草にも風が出てきた豆腐も冷えただろ
・ゆふなぎを、とんでゐるてふねてゐるてふ
・田の草をとるせなかの子は陽にやかれ
・めつきり竹になつてしづくしてゆふ風に
・ここを死場所として草はしげるまゝに
・汲む水もかれがれに今日をむかへた
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 七月廿一日[#「七月廿一日」に二重傍線]

曇、時々雨、よその夕立のこぼれだらう。
熊蝉最初の声、油蝉も鳴いた。
△芭蕉撰集を読む、それは碧巌録のやうである、私には。
△豚の如く[#「豚の如く」に傍点]――まつたく私は豚のやうに生活、いや、生存してゐる、異るところは、肉が食料として役立たないばかりか、焼却の手数を煩はすことだ!
△私はなるたけ虫類を殺さないやうにしてゐるが(雑草を茂るがまゝに茂らせておくとおなじく)、油虫[#「油虫」に傍点]だけは見あたりしだい殺さずにはゐられない、彼等は食器を汚して困る、物をいためて困る、本でさへかじる、――しかし、私はいつも私のヱゴイズを[#「ズを」に「マヽ」の注記]恥ぢる。
ねむれない、ねむれない、雨声を聴く、虫声に耳傾ける、そしてとろ/\とすれば、何といふ夢だ! 恥を知れ!
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・百姓なれば石灰をまく石灰にまみれて炎天
・朝はすずしくお米とお花とさげてもどる
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