つて十一時四十分東上急行車の発着までゐればよかつたのだ(砂君は多分自動車でやつて来て、その列車に乗り込んだのである)、人生の事おほむね斯くの如し、ほんの五分か十分の現在が当来の十年二十年となるのである。
何ぞ塩の安きや[#「何ぞ塩の安きや」に傍点]、私は一ヶ年間に五銭づゝ三度しか塩を買はない、それで十分なのである、一年十五銭の塩代だ。

宮市はふるさとのふるさと[#「ふるさとのふるさと」に傍点]、一石一木も追懐をそゝらないものはない、そして微苦笑に値しないものはない。
天神様へ参詣した、通夜堂から見遙かす防府はだいぶ都会らしくなつてゐる、市となるのも時の問題だらう。
町役場で戸籍謄本を受ける、世間的に処理しなければならないことが私にもある!
駅前の菖蒲園を見た、日本的なのがうれしかつた。
十一時の汽車で帰庵、うちがいちばんよい(といふことは防府が私をひきとめるだけのものを持つてゐないといふことだ)。
△……足らで事足る生活[#「足らで事足る生活」に傍点]……それが私の現在の、そして将来の生活でなければならない。
日が傾いてくると、きゆつと一杯ひつかけたくなつて、もうたまらないので、わざ/\T店まで出かけて、焼酎一杯、息なしに飲む、だいたい焼酎を私は好かない、好かないけれど酒の一杯では酒屋の前を通つた位にしかこたえない、だから詮方なしに焼酎といふことになる、酒は味へるけれど、焼酎は味へない、たゞ酔を買ふ[#「酔を買ふ」に傍点]のである、その焼酎がいかに私の身心を害ふかは明々白々だ、だから、焼酎を呷ることは、まあ自殺――慢性的な――今の流行語めかしていへば slow suicide だ! それはむしろ私に相応してゐるではあるまいか!
△転ぜられるところが転ずるところ[#「転ぜられるところが転ずるところ」に傍点]、そこは物心一如[#「そこは物心一如」に傍点]、自他不二だ[#「自他不二だ」に傍点]。
△腐つた物をたべてもあたらない、――こゝまでくるとりつぱにルンペンの尊さ[#「ルンペンの尊さ」に傍点]を持つてゐる。
いはでもの事をいふ私、しなければならない事をしない私。
ふと眼がさめたら、とてもよい月夜、もう十二時を過ぎてゐた、近来稀な快眠熟睡だつた。
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   防府にて
・この家があつてあの家がなくなつてふる郷は青葉若葉
・青田はればれとまんなかの墓

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