ふので、彼と彼女は同道して出て行つた、彼の旅に幸あれ、彼女の生活に幸あれ。
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・誰も来ない蕗の佃煮を煮る
・蕗つめば蕗のにほひのなつかしく
・蕗の香のしみ/″\指を染めた
・初夏の、宵月の、何か焦げるにほひの
・こゝまではあるけたところで熱い温泉《ユ》がある(山口へ)
・あかるくあつくあふれる湯にひたりおもひで(湯田入浴)
・惜しみなくあふるゝよながるゝよ(途上即事)
・街からついてきた蠅で打つ手は知つてゐる
 ゆふべおもむろに蠅は殺された
・打つ手を感じて蠅も私もおちつかない
 草が青うてどこかの豚が出て遊ぶ
・よい湯あがりのはだかであるく雑草の風(追加)
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 五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線]

すばらしいお天気のつゞくことである、すこし急いで歩けば汗ばむほどの暑さとなつた。
茄子の支へ竹を拾ふべく椹野河原へまで出かける(近所にもあるけれど個人所有の山へはいるのはうるさいから)、月見草がうつくしく咲いてゐた、土手の葉桜もうつくしかつた。
帰途、魚市場の前を通りかゝつて、鯖を一尾買うて戻つた(私が生魚を買つたのは、今年はこれが最初ではないか知ら)、下手糞に料理して食べたが、予期したほどうまくなかつた、私の嗜好はたしかに、腥いもの油濃いものから去つてしまつた、肉食よりも菜食が好きになつてゐる。
鯖の刺身でビール(このビールは昨夜T子さんが持つてきてくれたその一本だ)、ゼイタクだな。
畑の麦刈がはじまつた。
そこらの青梅を十個ばかり盗んで梅焼酎をこしらへた。
昨日植ゑたトマトへ支へ竹をして肥水を与へる、威勢よくそよいでゐる、これでこの夏もトマトのおいしいのが食べられる。
しづかな一日だつた、しづかな私自身でもあつた。
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 朝風の青梅をぬすむ五つ六つ
 家は青葉の中からアンテナ
・郵便がなぜ来ない朝から雀のおしやべり
・青葉あかるくげつそりと年とつた鏡の顔
・これが今日のをはりの一杯をいただく
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 五月廿五日[#「五月廿五日」に二重傍線]

快晴、身心さわやかである。
途上、兎の仔の可愛いのを見た、豚も仔はさすがにいやらしくない、それはそれとして、彼等はすべて、殺されて食べられるために養はれてゐるのだ、平気で食べる人間はどんな人間か(さういふ人間は二種ある、一は菩薩[#
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