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 三月廿三日[#「三月廿三日」に二重傍線]

おくれて九時ちかくなつて宇品着、会社に黙壺君を訪ねる、不在、さらに局に澄太君を訪ね、澄太居に落ちつく、夫妻の温情を今更のやうに感じる。
樹明、白船、せい二、清恵、澄太、等、等、等、春風いつもしゆう/\だ、ぬくい/\うれしい/\だ。
夜は親しい集り、黙壺、後藤、池田、蓮田の諸君。
近来にない気持のよい酒だつた、ぐつすりと眠れた。

 三月廿四日[#「三月廿四日」に二重傍線]

おこされるまで睡つてゐた、夢は旅のそれだつた。
春雨、もう旅愁を覚える、どこへいつてもさびしいおもひは消えない。……
澄太君が描いてくれた旅のコースは原稿紙で七枚、それを見てゐると、前途千里のおもひにうたれる、よろしい[#「よろしい」に傍点]、歩きたいだけ歩けるだけ歩かう[#「歩きたいだけ歩けるだけ歩かう」に傍点]。
青天平歩人[#「青天平歩人」に傍点]――清水さんの詩の一句である。
しぜんに心がしづみこむ、捨てろ、捨てろ、捨てきらないからだ。
放下着[#「放下着」に傍点]――何と意味の深い言葉だらう。
澄太君の友情、いや友情といつてはいひつくせない友情以上のものが身心にしみる。……

夕方から、澄太君夫妻と共に黙壺居の客となる、みんないつしよに支那料理をよばれる、うまかつた、鶩の丸煮、鯉の丸煮、等、等、等(わざ/\支那料理人をよんで、家族一同食べたのは嬉しい)。
澄太居も黙壺居もあたゝかい、白船居も緑平居も、そして黎々火居も、星城子居も。……
私だけ泊る。
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 春の波の照つたり曇つたりするこゝろ
・菜の花咲いた旅人として
 日ざしうらゝなどこかで大砲が鳴る(澄太居)
・枯草あたゝかうつもる話がなんぼでも
[#ここで字下げ終わり]

 三月廿五日[#「三月廿五日」に二重傍線]

早く起きる、八時の汽船に乗り込まなければならない。
こゝでも黙壺君の友情以上のものが身心にしみる、私は私がそれに値しないことを痛感する。……
宇品から三原丸に乗る、海港風景、別離情調、旅情[#「旅情」に傍点]を覚える。
法衣姿の私、隣席にスマートな若い洋装の娘さん、――時代の距離いくばくぞ。

三原丸船中、――
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天気予報を裏切つて珍らしい凪、
ラヂオもある、ゆつたりとして、
人間は所詮、食べ[#「食べ」に傍
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