酒はよいかな、よいかな。
街へ、飲みすぎ食べすぎのたたりてきめん、身心がだるい、熱い溢れる湯にはいりたくなり湯田へ行かうかとも思つたが止めにして戻る。
水菜一把四株四銭也。
酒もある、肴もある、そして餅もある、其中一人春十分。
酒ぼいとう[#「酒ぼいとう」に傍点]! おもしろい方言ではないか。
疾病の福音、事々是好事。
花時風雨多し、春めいて花が咲きはじめる、曇が雨となり風となつた。
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・枯枝ひらふにもう芽ぶく木の夕あかり
・春の夜の街の湯の湧くところまで
・つゝましく大根煮る火のよう燃える
曇り日のひたきしきりに啼いて暮れる
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三月十二日[#「三月十二日」に二重傍線]
ぬくい雨、さう/″\しい風、ひとりしづかに読書。
記念写真帖について、大山君、瀧口君の友情こまやかなるにうたれた、私はその友情に値しない友人だ、省みて恥づかしかつた。
熱い湯にはいつて身を洗ひ心を洗つた。
待てども樹明来らず、私一人で飲んで食べて、そして寝た、そこへやつてきた樹明、そして私、何だか二人の気持がちぐはぐで、しつくりしなかつた。
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風のなか酔うて寝てゐる一人
・木の芽、いつもつながれてほえるほかない犬で
・つながれて寝てゐる犬へころげる木の実
・春風のはろかなるかな鉢の子を
・からりと晴れたる旅の法衣の腰からげ
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三月十三日[#「三月十三日」に二重傍線]
折々降るが、ぬくいので何よりだ。
思ひ立つて山口へゆく、椹野川風景もわるくない、桜冬木、白梅紅梅、枯葦、枯草、ことに川ぞひの旧道は自動車が通らないのがうれしい。
蕎麦は敦盛、味は義経――このビラには新味はないが効果はあらう。
温泉はよいなあ、千人風呂は現世浄土だ。
鰯の卯の花※[#「飮のへん+旨」、341−5][#「※[#「飮のへん+旨」、341−5]」に「マヽ」の注記]はうまかつた、一つ三銭、三つ食べた。
秤り炭二十銭、線香十銭、これが今日出山の目的の買物だつた。
定食二十銭の(これはたしかに安い)一杯機嫌で映画館にはいつた、何年ぶりのシネマ見物だらう、今日初めてトーキーを聴いたのだから、私もずゐぶん時代おくれだ。
ぬかるみを五里ぐらゐ歩いたらう、くたぶれた、帰庵したのは一時頃、それからお茶をわかして。……
手足多少の不自由、何
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