かけやう、へう/\として歩かなければ、ほんたうの山頭火[#「ほんたうの山頭火」に傍点]ではないのだ!
旧暦のお正月だといふのに、百姓は田を耕やしたり、畑を打つたり、洗濯をしたり、大根を刻んだりしてゐる、こゝにも農村窮乏の色が見えるといへるだらう。
思ひがけなく、東京の修君からたよりがあつた、彼も私とおなじく落伍者、劣敗者の一人だ、そして妻君にこづかれてゐる良人だ、幸にして彼にはまだ多少の資産が残つてをり、孝行な息子があり、世才がないこともないので、東京で親子水入らずの、そして時々はうるさいこともある生活をつゞけてゐるらしい、修君よ、山の神にさわるなかれ、さわらぬ神にたたりなしといふではありませんか!
夕、樹明君に招かれて宿直室へ出かける、うまい酒うまい飯だつた、そのまゝ泊る、あたゝかい寝床だつた。
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・寒[#(ン)]空のからりと晴れて柿の木
・ふくらうがふくらうに月は冴えかへる
・よつぴて啼いてふくらうの月
・冴えかへる月のふくらうとわたくし
・恋のふくらうの冴えかへるかな
[#ここで字下げ終わり]
二月十五日[#「二月十五日」に二重傍線]
雪、雪はうつくしいかな、雪の小鳥も雪の枯草も。
わらやふるゆきつもる[#「わらやふるゆきつもる」に傍点]――これは井師の作で、私の書斎を飾る短冊に書かれた句であるが、今日の其中庵はそのまゝの風景情趣であつた。
ふりつもる雪を観るにつけても、おもひだすのは一昨年の春、九州を歩いてゐるとき、宿銭がなくて雪中行乞をしたみじめさであつた(如法の行乞でないから)、そのとき、私の口をついて出た句――雪の法衣の重うなりゆくを[#「雪の法衣の重うなりゆくを」に傍点]――その句を忘れることができない。
裏山のうつくしさはどうだ、私はしん/\とふりしきる雪にしんみりと立つてゐる山の雪景色に見惚れた。
地下足袋を穿いて、尻からげで、石油買ひに街へ出る、チヤンチヤン(このあたりではソデナシといふ)を着たおぢいさんの姿には我ながら吹きだしたくなつた、そして、アーブラ買ひにチヤア買ひに、といふ童謡を思ひだして泣きたくなつた。
雪の日の庵はいよ/\閑寂なり、閑寂を愛するは日本人老来の伝統趣味なり、私は幸福なるかな。
樹明君から聞いて。――
Tさんはとう/\死んださうな、葬式には私も列したいと思ふ、読経回向しなければならない、Tさん
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