しろさも家いつぱいの日かげ
[#ここで字下げ終わり]
七月十二日[#「七月十二日」に二重傍線]
月明に起きて蛙鳴を聴く、やがて蝉声も聴いた。
玉葱といつしよに指を切つた、くれなゐあざやかな血があふれた、肉体の疵には強い私だが、疵の痛みには弱い私だ。
生死一如、物心一枚の境地――それは眼前脚下にある、――それが解脱だ。
五時半出立、九時から十二時まで秋穂行乞、三時半帰庵。
[#ここから1字下げ]
米 二升二合 酒 弐十銭
今日の所得 今日の買物
銭 二十六銭 ハガキ 三銭
[#ここで字下げ終わり]
この二合の酒はとてもうまかつた、文字通りの甘露[#「甘露」に傍点]だつた。
秋穂はさすがに八十八ヶ所の霊場だけに、殊に今日は陰暦の二十日だけに、お断りは殆んどなかつた。
[#ここから2字下げ]
・朝月まうへに草鞋はかろく
・よち/\あるけるとしよりに青田風
・朝月に放たれた野羊の鳴きかはし
・田草とる汗やらん/\として照る
・木かげ涼しくて石仏おはす(改作)
・炎天の虫をとらへては命をつなぐ
・一人わたり二人わたり私もわたる涼しい水
・重荷おろすやよしきりのなく
[#ここで字下げ終わり]
小豆飯と菓子とのおせつたい[#「おせつたい」に傍点]をいたゞいた、まことに久しぶりのお接待!
信心遍路[#「信心遍路」に傍点]さんが三々五々ちらほらと巡拝してゐる、わるくない風景である、近代風景ではないけれど。
女学生が二三人づゝ、自転車に乗つて、さつさうとして走つてくる、これは近代風景だ、そしてこれもわるくない風景だ。
村の処女会の人々がにぎやかに神社の境内を洒掃してゐる、辻々には演習兵歓迎の日の丸がへんぽんとひるがへつてゐる、これもまたわるくない風景だ。
△土手の穂すゝきがうつくしかつた、旧家には凌宵花、野には撫子、青田風があを/\と吹く。
徃復七里、帰途の暑さはこたえた、しかし、のんべんだらりと坐つてゐるよりも歩いた方がたしかに身心をやしなふ。
[#ここから2字下げ]
・吸はねばならない血を吸うて殺された蚊で
・とまればたたかれる蠅のとびまはり
・炎天の雲はない昼月
・草すゞし人のゆくみちをゆく
・炎天の機械と人と休んでゐる
・木かげたゝへた水もほのかに緋鯉のいろ
・茄子胡瓜胡瓜茄子ばかり食べる涼しさ
前へ
次へ
全4ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング