て、花見もおしまひ。
△まつたく泣笑の人生[#「泣笑の人生」に傍点]だ、泣くやうな笑ふやうな顔だ、いや、笑ふことが泣くこと、泣くことが笑ふことになつてしまつたのだから。
夜は早く寝た、灯がなくては読書も出来ないから。
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・考へる人に遠く機械のうなる空
・筍を掘るひそかな筍
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 四月二十日[#「四月二十日」に二重傍線]

雨、曇、そして晴、私の気分もその通り。
やつと古道具屋でランプを探しだして手に入れることができた、古風な新鮮味[#「古風な新鮮味」に傍点]といつたやうなものを感じる、私には電燈よりもランプが相応してゐる。
呪ふべき焼酎よ、お前と私とはほんとにくされ縁だねえ。
夜おそく樹明君来庵、何か胸に痞えるものがあるらしく、頻りに街へ行かう、大に飲まうとすゝめたけれど、私は頑として応じなかつた、とう/\諦めて寝てしまつた、善哉々々。
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・街の雑音のそらまめの花
 せり売の石楠花のうつくしさよ
・シクラメン、女の子がうまれてゐる
・花がちる朝空の爆音
・草から草へ伸びる草
・せゝらぎ、何やら咲いてゐる
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 四月二十一日[#「四月二十一日」に二重傍線]

曇、平静な身心、晴。
樹明君がきまりわるさうな顔をしてゐる、昨夜は脱線しないでよかつた、酔うて苦しみをごまかすのは卑怯だ。
小鳥の声がいらゞたしくなつた、恋、交接、繁殖。
蕗がだいぶ伸びたので摘む、蛇がのろ/\して驚かす。
雑草を活けかへる、いゝなあとばかり見惚れる。
山東菜を播いた。
ランプのあかりで読書。
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・梨の花の明けてくる
・咲いてゐる白げんげも摘んだこともあつたが
・竹藪のしづもりを咲いてゐるもの
・蕗をつみ蕗を煮てけさは
 麦笛ふく子もほがらかな里
 雑草ゆたかな春が来て逝く
・播いてあたゝかな土にだかせる
・おもひではあまずつぱいなつめの実
・いらだたしい小鳥のうたの暮れてゆく
・ぬいてもぬいても草の執着をぬく
[#ここで字下げ終わり]
昨夜はとう/\徹夜、それだのに今夜も睡れさうにない。
△性慾をなくしたノンキなおぢいさん[#「性慾をなくしたノンキなおぢいさん」に傍点]! 私もどうやらそこまで来たやうだ(去年は性慾整理で時々苦しんだが)。

 四月廿二日[#「四月廿二日」に二重傍線]

快晴、しかし何となく気が欝ぐ、この年になつて春愁でもあるまい、もつとも私は性来感傷的だから、今でも白髪のセンチメンタリストかな。
山へのぼつた、つつじの花ざかりだ、ぜんまいはたくさんあるが、わらびはなか/\見つからない、やつと五本ほど摘んだ(これだけでも私一人のお汁の実にはなるからおもしろい)、そしてつゝじ一株を盗んできて植ゑて置いた。
柿が芽ぶいた、棗はまだ/\、山萩がほのかに芽ぶかうとしてゐた、藤はもう若葉らしくなつてゐた。
昨日は蕗、今日は蕨、明日は三つ葉。
雀がきた、雀よ雀よ、鼠がゐた、鼠よ鼠よ。
みみづをあやまつて踏み殺し、むかでをわざと踏み殺した。
山で虻か何かに刺された。
持つてゐる花へてふてふ、腕へとんぼがとまつた。
すばらしい歌手、名なし小鳥がうたつてゐた。
今日は敬坊が、そして樹明君も来庵する筈なので、御馳走をこしらへて待つてゐる、――大根の浅漬、若布の酸物、ちしやなます、等々!
春は芽ぶき秋は散る、木の芽、草の芽、木の実、草の実――自然の姿を観てゐると、何ともいへない純真な、そして厳粛な気持になる、万物生成、万象流転はあたりまへといへばそれまでだけれど、私はやつぱり驚く。――
夕方、電燈工夫が来て、電燈器具をはづして持ちかへつた、彼は好人物、といふよりも苦労人らしかつた、いかにも気の毒さうに、そして心安げにしてくれた。
それにしても待つてる友は来ないで、待たない人が来たものである。
こゝで敬坊と樹明君との人物について、我観論を書き添へて置くのも悪くあるまい、両君とも純情の人である、そしてそれは我儘な人であり、弱い人であることを示してゐる、純なるが故に苦しみ我儘なる故に悩む、君よ、強い人[#「強い人」に傍点]となれ、私も。
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   濫作一聯如件
・みほとけに供へる花のしつとりと露
・朝風のうららかな木の葉が落ちる
 仏間いつぱいに朝日を入れてかしこまりました
・山へのぼれば山すみれ藪をあるけば藪柑子
・山ふところはほの白い花が咲いて
・によきによきぜんまいのひあたりよろし
・山かげ、しめやかなるかな蘭の花
 うつろなこゝろへ晴れて風ふく
・雲のうごきのいつ消えた
 燃えぬ火をふくいよ/\むなし
 まひるのかまどがくづれた
 いちにち風ふいて何事もなし
 椿ぽとりとゆれてゐる
・鳥かけが見つめてゐる地べた
・墓場あたたかい
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