た。
手答へのある手紙は来ない、行乞にもお天気がきまらないので出たくない。
やうやくにして白米一升だけ工面した、これでもやつぱり世帯の遣繰といふべきだらう。
身のまはり、家のまはりをかたづける、おだやかな気分で。
やつと、うちの、ふきのとうを見つけた、二つ、しよんぼりとのぞいてゐた、それでもうれしかつた。
よい月夜、おだやかな月夜だつた。
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・朝からふりとほして杉の実の雨
・雨の椿の花が花へしづくして
・こゝにふきのとうがふたつ
   亡母忌日二句追加
・おもひでは菜の花のなつかしさ供へる
・ひさびさ袈裟かけて母の子として
[#ここで字下げ終わり]

 三月十二日[#「三月十二日」に二重傍線]

まことに春寒である、霜がふつて氷が張つてゐる、小雨さへふりだした。
よい手紙が来た、うれしいな、さつそく酒を買ふ。
樹明来、ふたりで飲んで街を歩いてゐると、ひよつこり敬坊にぶつつかつた、三人でまた飲んだ。
戻つてきて、飯を炊いて食べる、残つた酒を飲む。
夜、敬坊来、ふたりいつしよに寝る、おもしい[#「い」に「マヽ」の注記]ろいな。
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・雪の茶の木へ雪の南天
 あんたが泊つてくれて春の雪
・雑草はうつくしい淡雪
・雪へ雪ふる春の雪
・雪のしづけさのつもる
・晴れて雪ふる春の雪
 春の雪をあるく
・春の雪ふるふたりであるく
 雪の水仙つんであげる
・わらやねしづくするあわゆき
[#ここで字下げ終わり]

 三月十三日[#「三月十三日」に二重傍線]

雪がつんでゐる、そして雪がふる、敬坊と二人で雪をしみじみ観た。
△今日は今日だ、昨日は昨日、明日は明日だ。
△雪そのものを味ふた、雪そのものを詠ひたい。
よいかな、雪の水仙、雪の小鳥、よいかな。
しづかにしてさみしからず[#「しづかにしてさみしからず」に傍点]、まづしうしてあたゝかなり[#「まづしうしてあたゝかなり」に傍点]、いちにち雪がふつたりやんだり、そしてよい一日だつた。
若い遊猟家がやつてきて、むちやくちやにポン/\やられるには閉口した、小鳥も脅やかされるし、私も妨げられる、雪のしづけさが破られる。
よくない手紙が来た。
敬坊と別れてから、ずゐぶんさみしかつた。
さみしい夕餉だつた、――素湯に干大根だけだつた。
△私は物を感じる[#「感じる」に白三角傍点]よりも物を観る[#「観る」
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