な、あまりにおだやかな一日だつた。
夜は早くからぐつすりと寝た、そして夢を見た!
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・月が照らしてくれるみちをもどらう
・月かげのまんなかをもどる
・まるい月のぼる葉のない枝(改作再録)
・さらさらささのゆきあかりして(追加)
   改作
・どこかそこらにみそつちよがゐるくもり
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 二月十二日[#「二月十二日」に二重傍線]

天地清明にして、雪花ちらほら。
朝、山路を歩くともなく歩いて、お稲荷さんに詣でた、行者一人の長日月の努力が、岩を割き地を均らして、これだけの霊場を出現せしめた事実に頭を下げる。
水仙を活ける、よいかな、よいかな、藪椿とは対蹠的な趣致がある、貴族的――平民的、洗練味――野趣、つめたさ――あたたかさ、青白い美人――肥つたお侠、等々。
夕は墓場を散歩する、墓といふものは親しみがある、一つ二つの墓はさみしいが、上にも下にも並んで立つてゐる墓石は賑やかだ、新らしいの、古いの、大きいの、小さいの、うつくしいの、かたむいたの。……
今夜は悪夢を見ないやうに祈る、昨夜はつゞけて悪夢を見た、ヱゴ諸相の連続映像!
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・朝日まぶしい花きるや水仙
・けさのひざしの手洗水へあたたかく
 ここもやしきあとらしいうめのはな
・もうしづむひでささのさやさや
・ゆふべのサイレンのながうてさむうて
・暮れても耕やす人かげに百舌鳥のけたたましく
・茶の木にかこまれそこはかとないくらし(述懐)
 火を焚いて咳ばかりして
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 二月十三日[#「二月十三日」に二重傍線]

降霜結氷、つめたいけれどうららかだ、冬三分春七分。
けさ、はじめて笹鳴が耳にはいつた、ずゐぶんヘタクソだつた、それでよろしい。
内容充実の手紙が来ないので、山口行乞を実行した、山口は雪もよひで寒かつた、行乞三時間、悪寒をおぼえるので、急いで帰庵した、途中で一杯ひつかけて元気回復。
行乞は求めてすべきものではないが、しようことなしの行乞を活かすだけの心がまへは持つてゐなければならない。
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・朝月ひやゝけく松の葉に
・葉がない雲がない空のうらゝか
・枯葦の水にうつればそよいでる
・月へひとりの戸はあけとく
・伸びたいだけは伸びてゐる雑草の花
・楢の葉枇杷の葉掃きよせて茶の木の葉
  今日の行乞所得
一、米八合
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