真実を以て皆共に仏道を成ぜんことを。
  昭和七年十二月二十四[#「四」に「マヽ」の注記]日
[#地から3字上げ]耕畝九拝

 十二月二十四日

雪もよひ、なか/\寒い。
米がなくなつた(煙草も)、米なしで暫らく暮らすのもよからう、事々皆好事だ。
山を歩いて、何か活けるやうなものはないかと探したけれど、何も見あたらない、仕方なしに歯朶(ネコシダ?)を五六本持つて戻つて活ける、なか/\よい。
昼食はそば粉をかいて食べる、菜葉をそへて。
大根、ほうれんさう、ちしや、新菊は食べても食べても食べきれない、何といふ豊富!
夕方からあたゝかく雨になつた、夕食はすひとん[#「すひとん」に傍点](関東大震災当時はこれが御馳走だつた、一杯五銭で)。
夜ふけて雨の音がよかつた、いつまでも眠れなかつた。
△私は聴覚的性能の持主――耳の人、或は声の詩人とでもいはうか――であるが、聞き分けるよりも聴き入る方だ[#「聞き分けるよりも聴き入る方だ」に傍点]。
[#ここから2字下げ]
・雪もよひのみかんみんなもがれた
・風に最後のマツチをすらうとする
[#ここで字下げ終わり]

 十二月廿五日

けさは蕎麦汁二杯だけ。
あたゝかい手紙(平野さんから)、あたゝかい小包(山野さんから)。
△不幸の幸福[#「不幸の幸福」に傍点]。
よくてもわるくても生きてゐる人間だ[#「生きてゐる人間だ」に傍点]。
酒は一人で飲むものぢやない、といふやうな訳で、地下足袋を穿いて、雨のぬかるみを訪ねたら、樹明君不在、それから歩いた歩いた、飲んだ飲んだ、ワヤのワヤになつた。
誰かにいはれるまでもなく、私は私の人格がゼロであることを知りぬいてゐる、いや、私には人格なんかないのだ。
[#ここから2字下げ]
・冬雨の遠くから大きな小包
[#ここで字下げ終わり]

 十二月廿六日

よいところがあればわるいところがある、わるいところがあればよいところがある、重点はその分量[#「分量」に傍点]如何にある。
心一つ、――心一つの存在である。
雨そして酒、外に何の求むるところぞ。
[#ここから2字下げ]
・冬ざれの水がたたへていつぱい
・ひとりの火の燃えさかりゆくを
[#ここで字下げ終わり]

 十二月廿七日

ウソもマコトもない世界に生きたい。
ウソといへばみんなウソだ、マコトといへばみんなマコトだ。

 十二月廿八日

雨、あたゝかい雨。
その雨のやうな手紙二つ、俊和尚から、緑平老から。
[#ここから3字下げ]
雨がやまない、ちつとも酔はない酒を飲みつゞけてゐる
[#ここで字下げ終わり]

 十二月廿九日

空は曇、私は晴。
此頃はあまり後悔しなくなつたゞけでも、私はひらけてきたやうだ。
南無元寛坊如来。
[#ここから2字下げ]
・このからだを投げだして冬山
・寝られない夜は狐なく
 山から音させて冬木負うて
・どこかそこらにみそさざいのゐる曇り
[#ここで字下げ終わり]
愛想を尽かしたのか、樹明君も来なければ敬治君も来ない、誰も来ない。
しづかな一日、しづかな一夜。

 十二月三十日

からりと晴れて、よーいとなあ――
樹明来、そして敬治来、三人いつしよに街へ。
酒、女、自動車、等、等、等。
インチキ、インチキ、インチキ、インチキ、インチキ。……

 十二月三十一日

昼は敬治君と、夜は樹明君と酒らしい酒を飲んだ。
ひとり、しづかに、庵主として今年を送つた、さよなら。
[#ここから2字下げ]
・冬夜の人影のいそぐこと
・鉄鉢たたいて年をおくる
[#ここで字下げ終わり]

インチキ ドライヴ

昭和七年度の性慾整理は六回だつた、内二回不能、外に夢精二回、呵、呵、呵、呵。



底本:「山頭火全集 第四巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年8月5日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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