しつゝある自分の姿を思ひだすと、それは苦笑に値するばかりだ。
山口は私にとつて第三故郷[#「第三故郷」に傍点]ともいふべき土地、やつぱりなつかしいうれしい気持をそゝられた、山のよさをはつきり知つた。
ゆつくりして湯田温泉に一浴したかつたが、その余裕も持たなかつた、また近いうちに出かけやうと思ふ。
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・わらやしづくするあかるいあめの
・のびあがりのびあがり大根大根
・夕焼ける木の実とし落ちたどんぐり
・こんなところに水仙の芽が、お正月
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昨日の山口行は私にいろ/\の事を考へさせたが、途上、花柳菜を見て宮崎を思ひ、葉牡丹を見て熊本を思つた。
△抗議二つ、その一は、独居をうらやむなかれ、その二は、古人の様式に今人をあてはめるなかれ。
さみしくなれば、畑を見てまはる、家の周囲をぐる/\まはる、それでもなぐさめられる。
いつのまにやら、干柿をすつかり食べつくした、こゝに改めてF家のおばさんにお礼を申上げなければなるまい、こんなところにも人間の推移があるからおもしろい。
夜、突然、敬坊来庵、酒と汽車弁当とを買つてくる、敬坊は何といふなつかしい人間だらう、酒がなくなり、弁当を食べてしまつてから街へ、そして例の如し。
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・酒もなくなつたお月さんで
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この句が悪くないならば――よくもなからうが――その程度ぐらいにふざけて酔うたのである。
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・月がのぼつて何をまつでもなく
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この句には此頃の私が出てゐると思ふ、待つでもないで待つてゐる私である。……

 十二月十五日

悪かつた、小郡に於ける最大悪日だつた。
小人玉を抱いて罪ありといふ、私は玉を預けられて罪を造つたのである。
筆にも言葉にも現はせない悪、毒、悔だつた。

 十二月十六日――十九日[#「十九日」はママ]

気分が悪い、樹明君といつしよになつてヨリ悪かつた、私のなげやりと樹明君のむしやくしやとが狂ほしく踊つて歩いた!

 十二月十九日

踊りつかれて、戻つてきて、読経した。――
本来空、畢竟空である、空即空[#「空即空」に傍点]、色即色[#「色即色」に傍点]だ、この事実が観念としてゞなく体験として滲みだした。
執着を去れ、自からごまかすな、我を捨てゝしまへ、気取るな。――
△色即色だ、それが空即空だ、十方無礙の空であり、不生不滅の色である、色に執するが故に色を失ふ、空を観じて色に徹するのぢやない、色に住して色に囚へられないが故に空に徹するのである、喝。
私はしゆくぜんとして私を観た。――

 十二月二十日

風の、己の、その声を聴く。

 十二月廿一日

身辺をかたづけた、昨日も今日も。
夜、樹明来、暫らく話してから街へ出る、すぐ別れて、酒三杯、それでよい、それでよい。
「さびしい」から「さみしさ」へ、それから「さび」へ。
自己に執せずして人類に執する心(五十歩百歩だが)。
ウソをいふな、ホントウがいへないまでも。
食慾から食慾へ、それが人間らしい、子供の食慾、老人の食慾、その間に色々のものがある。
愛よりも信[#「愛よりも信」に傍点](鳥潟令嬢の結婚解消事件に対して)。

 十二月廿二日

ぐつすり寝た、大霜だ、冬至、私はうらゝかだ。
熊本の山中さんからありがたい手紙が来た。
農学校の農産物品評会、満蒙展覧会見物。
樹明君を招いて、鰯で一杯やる、暮れてから送つてゆく。
先月分の電燈料を払ひ、例のインチキカフヱーのマイナス五十銭を払ふたのは近来の大出来だつた。
台所に空罎がもう五六本並んでゐる、まことに其中庵風景の豪華版だ!
大風一過[#「大風一過」に傍点]、うらゝかに木の葉ちるかなである[#「うらゝかに木の葉ちるかなである」に傍点]。
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・あぶない橋をわたれば影
 星が流れる二人で歩く寒いぬかるみ
  月並一句、自嘲自戒
 われとわが□をせばめたる茶の木哉???
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 十二月廿三日

久しく滞つてゐた水が流れはじめたやうな気分だ、流れる、流れる、流れるまゝに流れてゆく。
身辺整理、出すべき手紙をだし、捨つべきものは捨てた。
自然を味へ[#「自然を味へ」に傍点]、ほんとうに味へ、まづ身を以て、そして心を以て、眼から耳から、鼻から舌から、皮膚から、そして心臓へ、頭へ、――心へ。
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・小春日をあるけば墓が二つ三つ
・風をききつつ冷飯をかみつつ
・凩のふけてゆく澄んでくる心
     △ △ △
我昔所造諸悪業
皆由無始貪瞋癡
従身口意之所生
一切我今皆懺悔
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今日今時、我と我が罪過を悔い悪行を愧ぢて、天上天下、有縁無縁、親疎遠近、一切の前に低頭し合掌す、願はくは此
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